to.桜井さま
昔々のとある国でのお話。





「こらー!!燐!また汚したお洋服隠してたわね!」

「だって怒られるの嫌だったんだもん!」

泥だらけになったブラウスを手に持って仁王立ちする若い娘は、目の前で涙ぐむ少年を見下ろしていた。

「隠していた方が叱ります!正直に汚してごめんなさいって言ってくれたら今度パンプキンキッシュの作り方、教えてあげるのも考えてあげないこともないわね?」

「まじで!!」

少年は顔をパァッと明るくするとごめんなさい!と頭を床に押し付けた。



育ち盛りの8歳の子供達が6人、20歳の若い娘、26歳のその姉。
総勢8名の暮らす屋敷は、決して小さくはないが生活していく分に満足な広さとは言えない。
裕福な家庭ではなかった。

その家庭を母のような立ち位置で切り盛りするのがありがとうございましたという20歳の娘。整った容姿ではあるが、家事に追われ外出することが少ないので出逢いなどはない。

わんぱくで問題ばかり起こす燐と、そんな彼のストッパーとも言えるしっかり者の双子の弟雪男。
天然で少しおっちょこちょいな可愛いしえみは草木のお世話が大好きで、しっかりしているように見えて実ら一番淋しがり屋な出雲は動物が大好きだ。
同じく動物、特に猫好きで、一番体が小さい子は子猫丸で、リーダー気質で大望のある竜士と仲良し。

そんな個性あふれる6人の子供達に囲まれて、裕福でないながらも楽しい毎日を送っていた。

「それにしてもお姉様は買い出しに行ったっきり帰って来ないけど、今日は何処で道草食ってるのかしら…」

一家の唯一の働き手である年長者の姉、シュラは剣闘士から蛇使い、はたまた商店の従業員まで、様々な仕事を掛け持ちしている。

こう言うとしっかりして見えるが、従業員の仕事はしょっちゅうクビになっている。子供達の面倒を見る為にも屋敷を離れられないありがとうございましたの分も働いてくれている事に違いは無いのだが。



「ありがとうございましたお姉ちゃん!お庭の水やり終わったよ!」

「ありがとうしえみ!」

雑巾で床を拭きながらありがとうございましたはしえみの方を見た。隣では同じを床を掃除する出雲がいる。

「あのね、なんだか屋敷の外がいつもよりざわざわしてて、お花さん達も不思議がってたの!」

「あら、今日は何かあるのかしらね」

「お祭り?」

わくわくしたのか少し頬を赤らめた出雲が聞く。

「どうかしら。でももしそうならシュラ姉様の帰りが遅いのも頷けるわね」

「お祭り行きたい!」

しえみはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。

「はいはい、まずしえみは手を洗って来なさい、泥だらけよ」

「はーい!」

ぱたぱたと去っていく背中は楽しげで、余程お祭りに行きたいのだろう。

しかしこの時期に祭りがあるというような話は聞いていない。と言っても外の事情に疎いありがとうございましたであるから祭りである可能性もなくは無いのだが。


そんな時、「ありがとうございましたー!」と大きな声と共に扉が開く音がした。
姉のお帰りだ。

「おかえりなさいお姉様、随分遅かったですね」

「おうただいま!そんな事よりビッグニュースだぞ!」

嬉しそうに私に封筒を突きつけて来た姉は、にやにやとこちらを見ている。

今日の外のざわめきと関係があるのだろうか。

訝しく思いながらも封筒を開けて中身を取り出し読み上げた。

「国内の、全ての未婚女性を

今夜の王室舞踏会へご招待いたします…


ああ、成る程」



「な?ありがとうございました…」

「タダ飯のチャンスですねお姉様!」

「…はぁ?」

「お姉様が行って舞踏会のご馳走をたくさん持ち帰って来てくださるんでしょう?子供達も喜びます」

「…せっかく美人なんだからもっと色気づいてくれないと姉は心配だぞ」

姉はあーもう、と頭を抱えた。

「いいかありがとうございました、キチンとドレスを着て身なりを整えて、もし王子様のお目に留まり、王室の仲間入りを果たせば、持ち帰って来るご馳走よりももっと良いものを食べさせる事だってできるんだぞ!?」

「…あら、お姉様がファーストレディに興味がおありだったなんて私知りませんでしたわ、頑張ってくださいね」

「あたしは行かねえよ、お前が行くんだありがとうございました」

私の隣で様子を伺っていた出雲は上手く状況が飲み込めず私と姉の顔を交互に窺っている。

そこへ手を洗ったしえみが戻って来た。

「シュラお姉ちゃんおかえりなさい!」

「おーしえみ、ただいま

そうだしえみ、今日ありがとうございました姉ちゃんがお城の舞踏会に行くぞ」

「ぶどう…会…?」

頭の中にたわわに実った紫色の葡萄が過ぎったであろうこの幼い少女にありがとうございましたは補足した。

「王子様のいるお城に行って踊るのよ」

「ありがとうございましたお姉ちゃんが!?」

きゃあっと喜んだのはしえみと出雲。
まあこんな中の下の家庭にとっては王子様なんて程遠い存在だから、喜ぶのも無理はない。

「私たちはまだ舞踏会行けないもんねえ」

しえみが言う。この国の女性は、大体14、15歳で舞踏会デビューなるものを果たすのが極一般的なので、しえみと出雲はまだ舞踏会を知らない。
と言ってもありがとうございましたも過去に舞踏会へ行った経験は一度だけだが。

「それに今夜の舞踏会はただの舞踏会じゃあない。
第四王子が今夜自分の正妻を選ぶんだとよ」

「へぇ…って、私ドレス持ってませんよ?」

「おっ行く気になってくれたか!」

「行く気っていうか、別に王子様の目に留まるとかそういうのは知りませんけど、皆に美味しいお土産持って帰れるってことに違いはないですし」

さらりと言ってのけると、姉にもっとプリンセスに憧れを持ってみろよ〜と半ば呆れたような声で言われた


「まあいいや、ドレスは良いの用意してあるぜ?まあレンタルだけど」

「それ選ぶ為に今日の帰りが遅かったんですか?」

目の前に見せられた箱を開くと、レースにビーズにリボンのあしらわれたクリーム色のドレス。目立たず、かといって地味になりすぎない絶妙なデザインは、ありがとうございましたの好みをしっかりと抑えていた。

「これ…」

「メフィストの野郎が出したんだよ、お前に似合うだろうって、てかむしろお前にしかに合わないだろうみたいな言い方だったな。ご丁寧に靴と髪飾りまで付けて」

「すごく綺麗…こんな素敵なものが着れるなら舞踏会にも行ってみたくなりますね」

いくら子供の面倒を見続けて母親のような生活を送っているありがとうございましたでも中身は20歳。綺麗なドレスにだって憧れる年頃の娘だ。












「こーゆーのん、俺ほんまにいらんねんけど」

「まあ王子、そう仰らずに」

城では、今夜の主役とも言える第四王子、金造がいた。

「ええやん金兄、俺もはよ金兄の歳んなってお嫁さん選びの舞踏会したいわぁ」

そう言うのは金造の弟、廉造だ。

「じゃあお前代われや」

「そんなんしたら俺柔兄に怒られるやん、絶対嫌」

「…まぁ、せやな」

飄々とする弟とは一転して、兄の気持ちは重たく、気怠げだ。

「似たような女しかおらんとこからどうやって嫁見つけぇゆうんじゃ…」










「というわけで私は行きますけど…」

城まではメフィストが送り届けてくれるらしい。いつもの卑しいような笑みを浮かべつつ馬車を用意してくれていた。どうせなら帰りに、屋敷まで送ってくれた方がありがたいのに。行きは疲れていないから歩いてだって行ける。

門までは姉と子供達が見送りに出てきてくれた。

「12時までには帰るようにします。
それまでに皆ちゃんと寝ていないと叱りますからね!」

「はーい」

子供達は一部は元気良く、一部は不満げに返事をした。

「そんな綺麗な格好してても言うことは母親だな、お前は」

「ただでさえ浮かれた格好してるんですから気分まで浮かれるわけにはいきません。

それでは、いってきます」「いってらっしゃい!」

手を振ると、皆も笑顔で手を振ってくれた。

既に舞踏会は始まっている時間だ。可愛らしいデザインの馬車に揺られながら城に向かう。久しぶりに出た外の世界に慣れず、早くも帰りたい気さえしていた。







おんなじような女ばっかりや。
似たような形で、似たような頭で、一様に色が派手。目立とうとしとる魂胆が見え見えで、こんな奴らを嫁にしてたまるか、という反発精神すら湧き上がる。

やっぱ俺にはこういう舞踏会みたいなんは合うてへんねん。
変装して街ぶらぶらして、そこでええ女見つけて声かける方が性に合っとる。



そろそろこの派手ドレスに見飽きてきた頃、会場の一部が少しざわついたのに気づいた。

見るとそこには、どちらかというと地味な女が一人。いや、本来は地味なんだろうが、派手な色がひしめくこの場では、不思議と際立って見えた。

普通ここに来た女ってもんは俺と結婚、というか王宮入りを望んどるわけやから、俺に媚びる様にしつこく視線を送ってくる。せやけど彼女はこっちには一切目もくれず、そして誰も近づいてなかった(恐らく現金なやつと思われない為)料理の乗せられたテーブルに向かって行った。

「…なあ、」

「はい王子」

適当に声をかけると近くにいた執事が返事をした。

「一人だけ料理食っとるあそこの女、ええと思わんか」

「へ!?その、些か低俗に見えますが…?」

「びっくりするほど媚びてこんところとか、俺の理想やな。控えめそうやしなにより美人。

…よっしゃ、あの女にする!」

「…か、かしこまりました!」





場内がざわめく中、ありがとうございましたと王子は音楽に合わせてダンスをしていた。

身体が密着する中、二人の間だけでしか聞こえない会話が繰り広げられていた。

「名前は?」

「ありがとうございました、と申します」

「えらいテーブルに齧り付いとったけど、腹減っとったん?」

「いえ、家の者達に持って帰ってあげようと。我が家はあまり裕福ではありませんので」

ふーん、と相槌を打ってから、王子はまた質問した。

「俺のこの喋り方、変や思わんのか?外の奴と喋ったらしょっちゅう「それってどういう意味ですかー」て言われんねん」

「いいえ、うちにいる子供達の中に二人、王子と同じ話し方の者がおりますから違和感はあまり感じませんわ。
それにその話し方、親しみやすくて私も好きなんです」

「ふーん、って、自分子供おるん!?」

近づいていた身体を一瞬仰け反らせるような仕草をとった金造に、ありがとうございましたは慌てて否定した。

「ち、違います!身寄りの無い子供や親戚の子を預かって、姉と育てているんです!」

「へえー、20て、俺と同い年やん。偉いもんやなあ」

「子供達が賑やかなおかげで毎日楽しいだけですもの、大したことはしておりません」

「…ふーん…」

話しながら城の庭に出ていた。
噴水の周りを装飾する石段に座る。
王子も隣に座るのか、と思いきやすぐ前に立ったままだった。
城に来てから立ちっぱなしだった私を気遣ってくださったのだろうか。

「んじゃーありがとうございました。その楽しい生活辞めて、俺の嫁になってくれ、言うたらどないする?」

「……なんというか、王子は、お優しい方ですね」

「それ答えになってへんぞ」

苦い顔でこちらを見下ろす彼は少し照れているように見えた。

王子程の地位の人間が、私のような者とこうしてお話なさることが既におかしな話なのだ。未婚女性全員参加の舞踏会といえど、その中でも貴族の女性をお選びになるものだということは常識として知っていたし。
だからこそ王子に呼ばれてものすごく驚いた。バスケットに入れていた料理も置いてきてしまった。

そして今、多分私は王子に求婚されている。

王子に求婚されて断る人間なんて、というか断って良い人間なんてこの国にはいないのに、それでも彼はあくまで下手に出てくれている。
きっと私が断っても、彼は私を許すのだろう。



王子という傍若無人になりかねない立場にありながら、不器用なりになんと謙虚で、そしてお優しい方だろうか。

「私などで、よろしいのなら…」

快諾の返事は、考える前に出ていた。

「ありがとうございました…」

そっと頬を撫でられて、顔が近付く。
あ、キスされる?

その時に丁度12時の鐘がなった。
ゴーン、と響く音が耳に馴染んで、それもBGMのように感じた。

12時?12時…


「12時!?」

「は!?」

驚いて思わず顔をはなしてしまった。


「すみません王子、私帰らなくては!」

「は!?なんで!?」

「子供達がどうせ眠りもせずに私を待っているでしょうから、早く帰ってやらなくては…」

慌てて立ち上がって走り出した。

「王子、あなたとこうしてお話ができて、私のような者にとっては本当に夢のようでした。ありがとうございました」

ドレスの裾を持ち上げて階段を駆け降りる。慣れないハイヒールが歩きにくい。このまま走ってはコケるだろうし、もうこの際裸足でいいか。

思い立って靴を脱ぐと、階段の隅に放ったらかして(ごめんなさいお城の方)また走り出した。


走りながら、夢から醒める心地がした。
王子さまと結婚、というワードに対して憧れはあまりなかったが、王子ではなく、あの人と話をして、彼という人間と結婚できるのならそれはとても嬉しいことだ、と素直に思えた。

だけどこの身分の違い。彼との結婚なんて、下手をすれば私だけでなく彼の立場を危うくしかねない。



街娘は街娘らしく、平凡な生活を送っていれば良いのよ。










そんな夢の夜から一週間。
お土産がなかったせいで皆には平謝りだったが、またいつも通りの生活が戻っていた。

ドアベルが鳴り、引っ付いてきた出雲としえみと共に表へ出ると随分と気品に溢れた男性が、数名立っていた。

「ありがとうございました様でございますか?」

「はい、そうですが…」

威圧感を放つ初老の男性に、少し怖気付く。

「お姉ちゃん、誰?」

「大丈夫」

私のスカートをぎゅっと掴む出雲としえみをさっと後ろに隠してから安心させるように頭を撫でた。

「こちらの靴に見覚えは?」

そう言って差し出されたのは、クッションの上に乗せられたガラス製の靴。とても綺麗だけど走るには不便で、メフィストには申し訳ないが脱ぎ捨ててきてしまった物だった。


ハッ…

まさかお城に靴捨てたから怒ってんの!?どうしよ、確かにあの時はなんにも考えずに脱ぎ捨てたけど、よくよく考えたら王宮に靴捨てるなんて本来言語道断よね。
あー、やらかした。
どうしよ、でも言い逃れみたいな格好悪いことしたくないし…
ああ、子供達に格好悪いところを見せてしまうなあ、と思いながら返事をする。

「先週の舞踏会の帰り道、私が階段で脱ぎ捨ててしまったものだと思います」

「……王子を」

男が後ろで控えていた男に指示をすると、停まっていた馬車から見覚えのある男が降りてきた。

「俺が、惚れた女をそう簡単に逃がすと思うなよありがとうございました」

「…王子!?どうしてこんなところに…」

「城の近くに住んどってよーさん子供と暮らしとる美人の女、おまけに名前まで割れとんねんから探すんなんか簡単や」

そこまで言うと、彼は私の目の前に跪き、手を差し出した。

「…もしあなたがもっと離れたところに住んでいても、たとえあなたへ繋がる糸口が捨てられたこの靴だけでも、俺は必ずあなたを見つける。国中を探して見せる。誓います。

俺と結婚してください」

「…たとえあなたが王子様でなくても、きっと私はあなたに恋をしました。あなたに出会ってから今日まで、あなたを想わない時は一時としてありませんでした。

喜んで、お受けします」






そうして王子様とありがとうございましたは、ありがとうございましたの家族も一緒に、王宮で幸せに暮らしましたとさ。

めでたしめでたし


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