「リクエストさーーん!」
「げ、」
彼の名前は志摩廉造。
どういうわけか知らないが、近頃の私は彼から猛烈なラブコールを受けている。
恋愛ごとに興味がないわけではないが、彼とどうこうなる気は全くもって、微塵もない。
つまりはとんでもなくいい迷惑なのだ。
一度きりの青春をあんたなんかに追い回されて終わらせる、なんてことがあってたまるかってなもんよ。
こういうのは下手に相手をすれば付け上がる。こちらにその気がないことが分かれば離れても行くだろう。
ということで私は逃げることもなく徹底的にあしらうことで対応している。
「だいたい、なんで私なわけ?可愛い女の子たくさんいるじゃない」
「リクエストさんほど魅力的な女の子、そうはおらへんで?
なあなあいっぺんくらいデートしてみいひん?」
できる限りの速足で廊下をスタスタ歩くのに、私よりも余裕で背の高い彼は当たり前の様についてくる。ああもう。
「しません!ほら、志摩くんのクラスあっちでしょ?さよなら!」
進行方向と反対側の廊下を指し示して無理矢理別れた。
あのピンク頭は黙っていても目立つというのに、加えて性格も穏やかじゃないから学年でもなかなか有名だ。
だからこうしてちょっかいを出されていれば、嫌でも噂になる。
仲の良い友人でさえも、ちょっとくらい仲良くなれば良いのに、と言ってあまり味方をしてくれない。悲しい。
「志摩くんって軽いけどカッコ良いしちょっとはモテるし、あと方言ってなんか良くない?」
こんなことを言う友人は色恋事に目の無い典型的なお節介と言える。何が言いたいかくらい分かるが、乗る気はない。
「なんで私に言うのよ…それ本人に言ってあげなさいよ、喜ぶんじゃない?」
「だからー、志摩くんが本気でありがとうございましたのこと好きなら、ありがとうございましただって門前払いしてないでちゃんと志摩くんのこと見てあげなきゃ」
「失礼ね、これでも見てるつもりよ?
チャラく見えるけど所作は綺麗だから育ちは良いんだろうな、とか…
あと勝呂くんと三輪くんだっけ?気の知れた長い付き合いのお友達もいるみたいだからきっと嫌な人じゃないと思うわ
でも無理」
「なんで!」
噛み付くように言われたが、無理なものは無理、と適当に否した。
このようなことを言うと十中八九「古臭い」と言われるのは目に見えているので誰にも言わないが、私は好きじゃない人と付き合うつもりはない。
好意を寄せてくれるのは素直に嬉しいと思う。でも相手に対して私も同じだけ魅力を感じていないと、付き合う気には到底なれない。
だからモテるという状況に羨望する周りに共感はあまりできないのだ。
そんなことを考えていた寮への帰り道、志摩くんが周りをキョロキョロと見回していた。探し物のようだ。
近くに他の生徒はおらず、物陰なんかに首を突っ込んでは頭をかいている。
「志摩くん」
「えっ?うわ、リクエストさんやん!こんな所で偶然やなあ」
「キョロキョロしてたけど、何か探し物?」
「あーうん、そんな感じ」
「手伝おうか?志摩くん汗かいてるし…大事なものなんじゃないの?」
季節は秋。随分涼しくなって来た昨今に汗とはなかなか似合わない。
「え!?いやいや、大丈夫やでー、好きな女の子に探しもん手伝わせるやなんてできひんし、別にたいしたもんでもあらへんし。
せやし明日お昼ご飯一緒に」
「食べません。脈絡なさすぎでしょ。
まあ、そう言うなら無理に手伝わないけど…まぁ頑張ってね。また明日」
「あはー、相変わらず釣れへんなあ。
ほなまた明日ー」
また明日、と言ってしまったことに後から少し後悔したが、彼が別段気にした風でもなかったのでいちいち訂正するのはやめておいた。
クラスも離れていて普通に学校生活を送っていれば会うはずもない男子生徒に対して「また明日」、だなんて。
知らず知らずのうちに志摩廉造に毒されてきているのかもしれない。
寮の扉を開いて半年のうちにすっかり慣れた廊下を歩く。
すると前方からガチャン、と大きなガラスの割れる音が聞こえた。
「(調理室…?)」
聞こえてきた方向で割れる物が置いてあるなんて調理室の食器棚くらいだ。
少し気味悪くも感じたが、誰かが皿を割ってしまったなら怪我をしているかもしれない。
早足で調理室に向かい、一応ノックをしてから扉を開いた。
「あれ…?」
誰もいない。しかし部屋の奥の食器棚からは何枚かの皿が割れ落ちている。
変なの。
こんな光景を目の当たりにしておきながら放置して部屋に戻るのは私の性格が許さない。
私が割ったわけではないが、掃除して寮長に報告するのが得策と言えよう。
鞄を適当な調理台に置いて、掃除用具入れから箒と塵取りを出した。
その時。
ドサッ
「…?」
すぐ後ろで物音がした。
振り返ると、確かに置いたはずの鞄が床に落ちている。
サアッと血の気の引く感覚がした。
あ、これ…何かいる。
そういうのを全く信じない私だが、さすがに分かる。これは、この鞄を落としたのは、そしてあの食器類を落としたのは、壊したのは、
多分、科学的に存在を認められていない「あいつ」だ。
息を潜めて、今までの人生で一番、と言えるくらい周りの空気を窺う。
するとどうだ、さっきまで全く気がつかなかった足音が聞こえてきた。
鞄を落とした後にまたこちらからは離れたのか、近くではなくまた食器棚の方だ。
落ちた鞄をさっさと拾ってすぐにでも調理室を出たい。でも、もし今動いてあいつの興味を引いたら。
箒と塵取りを握りしめて硬直する。
今度は私が汗をかいていた。
また食器が割れた。
次に壁に取り付けられていた黒板からチョークが、次いで黒板消しが落ちた。
だんだん近づいてくる。
調理台の引き出しが勢いよく開いて、中の物が床に散乱する。その大きな物音に驚いて思わず「ヒッ」と息を吸ってしまった。
ナニカの動きが止まり、意識を向けられたのが分かる。
散乱した調理器具の中から、鉄製のおたまが宙に浮いた。手に取ったのだ。
ここで幸運だったのは、包丁が別の場所に鍵をかけて保存されていた学校の安全管理だ。仮に調理台の中に包丁があったら、散乱した器具の中に包丁があったら、と思うと。
もう見つかってしまっているのだから走って逃げ出したいのだが、扉はヤツの向こう側。横にある窓は外部の侵入者防止のために高くなっており出られない。
ひたひた、と近づいてくるおたま。
箒を剣のように構え、塵取りを盾のように持つ。騎士ごっこをする小学生のようだが私は至って真面目だ。
ガッと握りしめていた塵取りを奪われた。おたまを持っていない方の手で取ったのだろう。相手が見えない分不利だし、怖い。
ついに振り上げられた目の前のおたまに、箒を前に構えて目をぎゅっと瞑った。
ガッ
「…うわ、これ俺めっちゃカッコ良くない?」
「…志摩くん…?」
私をかばう様に目の前に立っていたのはひょろっこい背中とピンクの頭。
彼は両手で金色の長い棒(どこかで見たことがあると思ったら、以前テレビで見たお坊さんとかが持ってるやつだ)を横に構えておたまを止めていた。
それから志摩くんはおたま(をもったヤツ)を勢いよく後ろへ突き放す。
ヤツはまた調理台の引き出しから器具を出して床に散らす。その中から固そうなものを無遠慮に投げてくる。
腰が抜けて、その場にへたり込んでいた私を気遣う様に志摩くんは私の頭を撫でてから、金色の長い棒を構え直し、飛んでくるピーラーやら泡立て器やらを弾き飛ばしながらヤツに近づいて行く。
口はもごもごと動いていて、何かを唱えているようだ。
最後に何かをハッキリとした口調で言い放ってから、宙に浮いていたいろんな物がカタカタと床に落ちた。
いなくなった。
シン、と静まった教室で、志摩くんの息を吐いた音がやけに大きく聞こえた。
「大丈夫?リクエストさん」
「う、うん、えーっと、そうだ、ありがとう!志摩くん来てくれなかったら私今頃どうなってたかわかんない」
「いやいや、これは仕事やし気にせんといてえな。むしろ来るの遅なって堪忍な」
志摩くんは床に落ちたままだった私の鞄を持ってこちらに近づいて来た。
「片付けは俺らがするからリクエストさんは早う部屋戻り。送るわ…って言いたいとこやけど女子寮は男子禁止やから、ここでさいならやけど」
私の手をとって支えながら立たせてくれる。
「俺、ら…?あ、勝呂くんとか三輪くんとか?」
「そうそう、今メールしたからすぐ来はるやろし、こっちは心配せんといて」
そういえば志摩くんって祓魔師になるための勉強してるんだっけ。
じゃあもしかして今のって悪魔だったの?志摩くんがやっつけてくれたの?
詳しくは話してくれないみたいだけど、だったら助けてくれたときのあのおちゃらけた発言は、彼なりの照れ隠しなのかもしれない。
あーあ、こんなので気持ちが揺らぐなんて、私もまだまだ甘っちょろい子供だなあ。
散乱した調理器具を拾う彼のことを、きっと私はまだまだ知らない。それでいいと思っていたのに、今では彼を知りたくて仕方がない。
これが恋かは、まだ知る気はないけど。
「あの、志摩くん」
「…明日、お昼ご飯一緒に食べない?
…えーっと、今日のお礼で!」
これからすぐに分かること。
私の危機を助けてくれる王子様は校内随一の軟派男だった。