to.零雪さま

ずん、と身体に重みがのしかかった。
隣には金造が寝ているはずだから、察するに寝返りでも打ってのしかかってきているのだろう。

「きんー…重い…」

「ありがとうございました、頼むわ、一旦起きて」

「は…?」

低血圧、というわけではないが、のし掛かられながら無理矢理起こされるのは気分が悪い。
半ば睨むように薄く目を開くと、お腹のうえにかかった重みが更にしっかりと感じて、眼前に暗くかかる影で覆いかぶさられているのが分かる。

朝から盛ってんじゃねえぞこの犬っころが、と一蹴しようと思ったのだが、
いつもと違う気のする重量感に違和感を感じてちゃんと眼を開いた。

「え……金…?」

そこには私のお腹に全体重をかけても平気でいられるほどに軽く、ひどく幼い顔立ちの少年だった。

「起きたらこないなっとってん」

「え、何それめちゃくちゃおもろしい」





緊急速報、緊急速報

彼氏がちっちゃくなりました。



「ほら金くん!お着替えしますよー」

「んなもんじぶんでできるわドアホ!!」

Tシャツの裾にかけた手をひっぺがす少年は顔を赤くしながらこちらを睨んだ。

「金くんったら恥ずかしがっちゃって可愛い」

「かわいい言われてもなんもうれしないわ!おとこやぞ!」

きゃんきゃん喚く彼は私の恋人。
今朝目覚めたら小さくなっていました。可愛すぎておかしくなりそうです。

本人は不自由極まりないらしいが、私としては不謹慎ながらも新鮮な恋人の様子にしばし浮かれている次第である。

「ギターもろくにひかれへん、おもろないわ」

むすっとした様子を見て違和感が無いのはあれか、普段から彼が子供っぽいということか。

「さて金くん、これからどうする?」

「その金くんよびやめろや…

とりあえずドクターのマイスターもっとるやつにみてもろて、どないしたらもどるかきく」

彼の言っていることはもっともなのだが、このセリフが可愛らしい5歳児から飛び出していると思うと、無性に愛らしさが込み上げる。

ちびっこになった癖に金髪なのは変わらずで、うるさい性格もかわらない。






「うわーー!ほんまにちっこなっとる!」

どこから噂を聞きつけたのか、医工騎士の称号を持つ知り合いの元からの帰り道で、廉造くんが走り寄って来た。


「かいらしなあ、ちょっと廉兄、て呼んでみてえな」

へらりと笑いながら金造の頭を撫でる廉造くんは、いつも飛び蹴りをかましてくる兄を完全にからかう体制だ。

「だれがよぶか!みおろすなアホ!さわんなアホ!」

金造は廉造くんに殴りかかろうとするが短い腕のせいでかすりもしない。

「見下ろしてんのはいっつもやで金くん、

よっこいせ」

「うわあああああ!!」

さらに機嫌を良くした廉造くんは金造を持ち上げた。所謂たかいたかいだ。

あーあー、そろそろ助けてあげるか。

「はいはい、廉造くんもあまりからかわないであげて」

スッと廉造くんの手から金造を取り、慣れた手つきで抱っこする。
金造は突然のたかいたかいに余程驚いたらしく、嫌がるかと思った抱っこにもおとなしく応じた。
金造の顔を覗こうとするとバッと顔を逸らされ、首にしがみつかれた。なにこの子可愛い…っ!

「へぇー、ありがとうございましたさん子供の扱い慣れてんなあ、隠し子でもおるんちゃうん?」

「もう、滅多なこと言わないで。子供好きなだけよ。じゃ、金くんはおねむの時間なのでばいばい廉造お兄ちゃん」



冗談半分に別れを告げてから、歩く廊下に自分たち以外誰も居なくなってからも、金造は私の首から離れようとしない。
可愛いから良いんだけど。どうかしたのだろうか。

「金造?」

「…んー…」

部屋に着いてから少し身体を離して様子を窺う。

目をこする金造を見て、先程廉造くんに言った別れ文句があながち間違いでなかったことを知った。

「子供の体力でいつも以上に叫びまくってたから疲れたのね」

「…いや…だいじょーぶや…」

畳に座りながらも、顔は欠伸を噛み殺している。

「それじゃあお昼寝しようか、金くん」

それだけ言ってさっさと布団を敷く。
金くん、と言ったせいでまた怒られるかと思ったが返事は唸るような小さいものだった。
それだけ眠いらしい。



二人並んで入るといつもはキツキツの布団も、今日は余裕たっぷりだ。
それでもなんだか金造と離れたくなくて、いつも以上に引っ付いて、というか、私が金造を抱き締めて眠った。

少し前の事がふと頭をよぎった。

医工騎士の話では、あまり色良い意見は聞くことができなかった。
身体が若年化させる作用を持つ悪魔が居ないことはないらしく、前例も無いわけではない。
すぐに元に戻るケースもあれば、今の幼くなった姿から一生戻らずにもう一度歳を取り直して行くケースもあるという。

「(どうなっても絶対に、私が守るんだから)」

金造の肩に顔を埋めるように、私も眠りについた。





「ありがとうございました、起きい、ありがとうございました」

「きん…?」

眠りが浅かったせいで夢をみなかったからか、意識を手放していた時間はほんの一瞬だった様に感じた。

目を開くといつもの金造。

あれ、いつもの?

「え、戻ったの?」

「お前がぎゅうぎゅう抱き締めたお陰でなあ」

にやぁー、と笑う金造は私の頭をぽんぽんと撫でる。

なんだ戻ったのか。

「ちぇ、折角金造が可愛くて楽しかったのに。空気読みなさいよね」

「なんやと!?良かったねーくらい言えへんのかお前は!」

最悪の事態も想定して、覚悟を決めた所だったのに。なんて、思ってない。
あまりにも呆気なくそれが杞憂に終わって、驚くほど肩の荷が下りているのだ。

心配かけやがって、この金髪。

正面からぶつかるように抱き着いた。


「ありがとうございました、」

「…やっぱりこのサイズの方がしっくりくるわね」

「…素直ちゃうなあほんまに」



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