双子の姉のことは尊敬しているし、誇りにも思っている。
少し気の強い人だが、思いやりや責任感のある優しい女性だし、なにより才能もある。
それに反して、私の才能は生まれて来る時に全部姉に取られたんじゃなかろうか。そう思ってしまう程、私は姉の引き立て役だった。
そしてその事実に対して卑屈になってしまう自分が、本当に嫌いだ。
縁側の池に見える鮮やかな鯉の隣に、小さな魚がついて回るように泳いでいる。
姉様と私のようだ。鮮やかで才色兼備な彼女がいないと、存在すらしていないように感じる。
こういう思考回路の自分は極度のネガティブだということくらい分かってるんだけど。どうにも治らない。
「ありがとうございました!」
「ふわっ!あぁ、なんや柔くんかぁ…びっくりさせんといてぇな」
「なんやとはなんや、ぼけーっとしとるから声かけたんに」
よっこいせ、と私の隣に座る彼、志摩柔造は私達の幼馴染だ。彼の弟達も引っくるめて家族ぐるみの付き合いと言える。
彼は姉様と長男長女同士で特に犬猿の仲だが、私と彼は至って普通の幼馴染。もっとも私は彼に対して幼馴染の域を超えた感情をいだいているのだが。
家同士で対立することはあるが、私は暴走しがちな姉様のストッパー役という位置が定着している。
「鯉が綺麗に泳いどるから見とっただけやよ」
「鯉?…おーほんまや、綺麗やな」
少し身を乗り出すように池を覗き込んだ柔くんの背中を見て、少し切なくなる。
そうだ、綺麗なのは鯉。隣の名も知らない魚なんて誰も見向きはしないんだ。
「なあありがとうございました…
「こんの…志摩ァ!!あての大事な妹から離れぇ!」
…うげぇ」
柔くんは私に言いかけた言葉を飲み込んで、姉様の方を向いた。
ああ、せっかくの2人の時間はあまりにも呆気なく終わってしまった。
「なんでありがとうございましたと話すんにお前の許可取らなあかんねん!俺の勝手やろ!」
「ありがとうございましたは大事な妹や!志摩なんぞと話したら阿呆がうつるわ!」
「なんやとコラ上等やんけ!」
縁側に座ったままの柔くんと彼を見下ろす形で立つ姉様は、どこにスイッチがあるのかと驚く程一気に鬼の形相へと化して睨み合った。
「ああーもう、姉様も柔くんも!会うなり口喧嘩するんええ加減やめたらどないなん?」
もっともらしい仲裁の台詞を吐きつつも、それでこの2人が収まることなどなかなか無く、結局は私が姉様を連れて部屋に戻るのが常だ。
ぼーっと言い合いを続ける2人を眺めた。
私の才能は全部姉に取られたんやないか。そんなんあるわけない、分かっとる。
でも、
恋も、姉に取られてんねんで、ほんま情けないわ。
取られたなんて表現は間違ってる。私よりも姉の方が魅力的で、柔くんともお似合い、それだけのこと。喧嘩する程仲が良いという言葉は、本人達以外の誰もが口にする。私にもそう見える。
私の恋はとうの昔に諦めてるけど、やはり自分には絶対に見せない「素」とも言える短気な柔くんの一面を、顔はそっくりなはずの姉だけが見れるというのは、卑屈にならずにはいられないというか。
心が曇る自分が嫌で、2人が喧嘩を始めるといつも私が無理やり早々に切り上げさせてきた。
だけど今日はなんだかいつもより辛い。
視界の端で鯉が跳ねた。
言い合う2人の声がきゃんきゃん聞こえる中で、小さく水の音が聞こえた。
その水音に共鳴でもしたのだろうか、視界が滲んで鼻の奥がツンとした。
ああ、こらあかん。
「ごめん姉様、うち部屋戻るわ!」
「ありがとうございました!?」
2人がほぼ同時に私の名を呼んで、それだけでもう頬が濡れた。
弱いなぁ。こんなんやから振り向いてもらえへんのやうちは。
適当な部屋に入って、襖にもたれて涙がおさまるのを待った。
姉様と柔くんはまだ喧嘩してるのだろうか。考えたら辛くなるのを分かってて考えてしまう、私は馬鹿だ。
「もうええ加減やめたらどないなん?
…は、うちやんなぁ…」
先程口論をする2人に向かって吐いた台詞が、含む意味の形を変えて胸に刺さる。痛いなぁ。
「腹でも痛なったか?」
本日二度目、同じ人の声に驚いた。
「…まぁそんな感じやわ。姉様との喧嘩は終わり?」
「もともと俺はあいつやのうてお前と話がしたかったんや、お前がどっか行ったら追っかけるに決まっとるやろ」
またそんな優しいこと言うて。
どうせ泣いてるん気づいて追いかけてくれたんやろ。ああ、うちホンマ卑しい女やな。泣いて逃げて心配かけて、それで不謹慎にも嬉しいやなんて。
「うちは柔くんと話すことなんてないで」
「お?なんや、珍しく喧嘩腰やんけ。どないした?」
「……」
どないもしてへんよ、ちょっと長年の恋を諦めようと思っとるだけやの。
そっとしといてえや。
なんて言えるわけない。言葉に詰まった私を差し置いて、柔くんは襖の向こう側に座った。多分今私達は襖を挟んで背中合わせだ。
「さっきの鯉やねんけどな」
「…」
「横にくっついとる赤い魚居ったん見えたか?」
「…うん、あの小さいやつ」
返事はするりと口からこぼれ出た。
気づいていたの?私に。私のような魚に。
「せや、あれ。鯉も綺麗やったけど俺はあっちの方が好きやねん。大人しゅうて可愛いらしいやろ」
「…あんなん、鯉に引っ付いてへんと見てもらわれへんような脇役やん」
そう、脇役。私は脇役だ。
「脇役?…何の話か知らんけどな」
卑屈丸出しだった私に良い加減嫌気がさしたのか、柔くんの声が少し低くなった。
襖がガタ、と音を立てる。
「お前みたいで可愛い、て思っとった魚を脇役呼ばわりされるんはな、いくら好きな相手でも気ぃ悪いわ」
襖の立て付けが良すぎるのが悪い。
いつ開いたのか、直接的に降ってきた言葉に驚いて顔を上げると、少しだけ開いた襖から柔くんが上からこちらを睨んでいた。
その表情はいつも姉様に見せる、私がいつも横から見ていた表情。
「…あの魚好きなん?」
「お前みたいな、を前に付けろ」
「うちみたいな?」
「…あんなじゃじゃ馬の姉を献身的に支えて、礼儀正しくてよう気の付く立派な宝生の次女の、俺がなっがいこと好きで今日こそ告白したろと思とったお前みたいな、や」
「なんやのそれ…」
早口で要所要所しか聞きとられへんかったやん。私の頭が正常やったとしたらそれめっちゃ嬉しい内容やけど、そんな怖い顔で言われたらどうしたらええんかわからん。
「あー分かっとる。ちゃんと言わなお前に伝わらんことくらい分かっとる。ちゃんと言うからその阿呆面やめえや」
言われてハッと口を閉じる。
どすん、と私の前にあぐらをかいてから、柔くんは軽く指で眉間を揉んだ。
それからこちらを見る。部屋に明かりは付いていないから昼間といえど少し薄暗い。
「好きや」
揉んだくせに取れてない眉間の皺がなんだか可愛い、なんて思えて、素直に私もですって言いたかったのに何も声が出なくて。
とにかく想いが伝わるようにと頭を縦に振った。
そうしたら柔くんの大きな手が伸びてきた。ぽん、と頭を撫でられたかと思ったら、そのまま胸に引き寄せられる。
うわ、なに、なんなんこれ。
頭にカァッと血が上る音を初めて聞いた。
家族以外の人の心臓の音も、初めて聞いた。
精一杯答えようと服を掴むと、そんな私にまた答えるように背中に手が添えられた。
頭がわんわんして、顔が赤くなりすぎて何がなんだか分からなくなってくる。心臓の音、聞こえてるんだろうか。恥ずかしい。
というか、コレ夢なんちゃうやろか。
「あー、なんや夢みとるみたいやわ」
あ、おんなじ事考えてた。
夢でもええよ、幸せやもん。
胸に頬を摺り寄せると、彼が背中を撫でて答えてくれる。
私は初めて「蝮の妹」という肩書きを捨てて、自分を愛せた気がした。
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bkm