朝起きて最初に愛しい寝顔を見るという経験を初めてした。
いっつもこいつは朝起きると部屋におらず、さっさと仕事モードに入っている。
「かわええなあ…」
頭をそっ、と撫でると唸るような声を漏らした。かわええ奴め。
まだ起きんでもええ時間やし、ちょっとくらい見とってもバチあたらんやろ。
うりゃ、とほっぺをつついたり髪を弄んでみたり、その度に微妙に動く眉や瞼、緩む口元に思わず心が躍る。
こんなに無防備なコイツを見るのは何年ぶりか。
「もっと甘えてもええねんぞ…?」
そういいながら頭を撫でると、口元が薄く開いた。
「きんぞ…」
お?
なんや、寝言か。くそっ可愛い奴め。
もぞ、と動いた手をそっと握ると、握り返してきた。握り返す力がいつもよりも強くて、寝ぼけてるのがよく分かる。
「んー…」
「どした?」
少し眉間に皺を寄せると、ありがとうございましたは胸に頭をうずめてきた。
握っていない方のありがとうございましたの手が背中に回る。
「!?」
おっと!?これは…これはどういう展開や!?
近づいた拍子に布団の中では脚が絡まっている。
ちょっとちょっかいかけただけやのにコレ俺にとって結構辛い事になってないか!?
あかん、おちょくりすぎた。起こそう。
「ありがとうございましたー、起きや、ちゅーすんで」
「…ん、」
背中に回っていた腕が動いた。
そのまま離れて起きるのかと思いきや、腕は首に絡まって、胸に埋まっていた顔が上がって一気に至近距離。
寝起きでトロンとした目はいつにも増して可愛い。
「してよ、ちゅー」
「は!?」
「おはようのちゅう。きんぞーが言ったんじゃん、してよー」
駄々をこねるようにむう、と口をつぐんだと思うと、更に脚が絡まるのを感じた。
これは…据え膳!!!!!!!
早朝からの思いがけないサービスに、俺は握っていた手をほどいてありがとうございました頭の後ろに回した。
そのまま吸い込まれるように顔を近づける。
「ん?」
しかし唇が触れた感覚は慣れたありがとうございましたのそれとは違う。
まさか、と思い目を開くと、いつも通りにしたり顔のありがとうございましたが歯を見せて笑っていた。俺の唇は彼女の掌に受け止められていた。
「寝起きの口内は菌がいっぱいよ。歯磨いてから出直しなさい、おはようのちゅーなんてきたない事しないわよ」
「お…おっ前!いつから起きとってん!?」
「さあねー?
…うわっやだもうこんな時間、早く着替えてシュラさんのとこ行かなくちゃ」
「……」
ほんま、とんでもない女やな…
いそいそと布団から出て行く彼女の顔が赤かったことは、恐らく金造にとって一生知らないであろう事実だ。
ありがとうございましたの脳が覚醒したのはキスする直前です、という補足。