ああ愉快愉快、と笑ったその人に魅せられたのは


影月?
ああ、あの小動物。可愛いよね。
元女としてのなけなしの母性本能が守ってあげたいと必死に訴えているよ。無駄な足掻きだけどね。
私はそんなものに左右されないのさ!
というか女から男になったら理性的に考えられるようになっただけだけど。理性的――まぁ、諦めだよね。絶望感。
そりゃあ誰だって何の要因も無しに女から男になるとは思わないもの。心が男という訳でもない。
ちなみに私は心は女だ。心というよりは精神や魂が女なのだけど。
「雲幽さん、仕事は捗ってますか?」
「ええ、そこそこです」
気付いたら茶州で仕事に追われてました。
どうやら無事茶州に入り任命式その他諸々を済ませ、茶州は新しい州牧と歩みはじめたのだ。
怒濤の日々だったのだろう。この私の記憶がその時期だけすっぽり抜け落ちているなんて!
くそぅ、忙しくてろくに女の子に癒されていない。茶州府に居る女の子なんて新州牧紅秀麗かその侍女香鈴くらいだ。――癒しが足りない。
「すみません、杜州牧。ちょっと廁に行ってきます」
「はい、わかりました」
影月の間延びした返事を聞き、私はサボタージュする為に立ち上がった。
正直、ずっと正座していた所為で足が痺れている。ふらっとしたが流石私だ、何とか持ち堪えた。
私は見栄っぱりだ、と思っている。だが、何故かそうは思われていないらしい。
私の元上司である魯尚書は私に「少しくらい見栄を張れ」と言った。私は元が女だからなのか、それとも生来の負けず嫌いからなのか、『出来ない』ということが大嫌いだ。嫌悪し、憎んでいる。それなのにどうして魯尚書がそんなことを言ったのかは分からない。
それは私より魯尚書の方が見栄っ張りだから、私並みに見栄を張れよ!ということなのだろうか。魯尚書といえば朝廷でも一目置かれる身である。見栄くらい張るのだろう。
魯尚書は良い人だ。優しく厳しく、父親にするのだったら実の父親より魯尚書の方が良かった。そう思ってしまうくらいには。
「甘味処でも探すか……」
最近は働き詰めで脳への栄養が足りていない気がする。放っておくと脳が痩せるかも知れないから早急に糖類か炭水化物を摂取せねばなるまい。
1人で食べても美味しくないが、茶州府は今猫の手も借りたいほど忙しいからなぁ。帰ったら怒られるだろうなぁ。お土産でも買っていこう。あの恐ろしい州尹がそんなもので騙されてくれるとは思わないが、気休め程度にはなるだろう。
怒ると大層恐ろしいが、あれは酷く寛大だ。
「寛大さは無関心の最上級なんだがねえ……」
あれ程酷い男も居ないだろうな。私も自分で酷い男と称することもあるが、アレはもっと質が悪い。
うんうんと頷きながら周囲に目を配ると、丁度甘味という文字が目に入った。ここにしよう。
すみません、と声を掛けると笑顔の素敵なお姉さんが「はぁい」と出てきた。
「空いてます?」
「ええ、空いてますよ。最近は結構お客さん入るようになったんですけどね、まだまだがらがらですから」
「じゃあ毎日来てしまおうかな。余り騒がしいのが好きじゃないんだ」
「あら、うちが儲からなくても良いと仰るんですね」
そうとは言ってないよと軽いノリで返すと、お姉さんもそれを分かっているのかくすくすと笑った。笑うと可愛いお姉さんだった。
いいなぁ、お友達になりたいなぁ。
「とりあえずお汁粉で」
「はぁい」
「あ、それと、今日の夕方って空いてる?」
「ええ? 何ですか、いきなり」
「んー、私と(友人として)付き合って欲しいなぁと思って」
私がそういうと、お姉さんは顔を紅玉林檎のように赤くした。
――怒らせてしまったのか?
もしかして初対面でそんなこと言われて怒っているとか? だって心なしか身体が震えているよ。
「ああ空いてます! もう何時でも大丈夫です!」
「本当? よかった、断られるかと思ったよ」
「そ、そんな!」
「ふふ、ではお嬢さん。今晩私の家で夕食をご一緒しませんか?」
よよよ喜んで!と元気良く、しかしとても吃りながら返事をした彼女に、私は思わず嬉しくなって笑った。
茶州で初めての女友達だ!とワクテカしてました。すみません。
よーし、お汁粉食べたらさっさと帰って仕事を片付けよう!
「あ、あのお名前は!?」
「おや、私としたことが自己紹介もせずに女性を夕食にお誘いするなど……どうか無礼をお許しください」
「いいんです! 気にしないでください!」
「お優しいのですね。――私の名前は雲幽と言います」
ヤバい失敗をしでかした私に「気にしないでください」と天使の――否、女神の微笑みを浮かべたお姉さんテラ優しす。
もう全私が泣いた!
彼女は私の女神で決定だね!
なぁんて思いながらお汁粉を啜り、ご馳走様と言ってお姉さんを呼んだ。
「これ、お勘定です。それと、私が迎えに来るまでは大人しく待っていてくださいね」
「は、はい!」
ああ、女神癒されるよ!
あんなむさ苦しい男共しかいない茶州府なんか滅んでしまえ!
るんるんと音符でも付きそうなくらい上機嫌に歩いていると、前方から「あー!」という叫び声が聞こえた。嫌な予感もした。
「雲幽さん、サボってないで行きますよ!」
「やだなぁ、サボってませんよ。これは休憩です」
「休憩にしては長すぎませんかね? それに外に出る必要はないと思います!」
何というかまぁ、お約束だ。前方からやってきた叫び声の主は紅秀麗だったのだから。
あー、愉快愉快。
私はSでも鬼畜でもないが、どうも物事を歪めて見るのが好きらしい。そういえば昼ドラとか大好きだった。
紅秀麗――罪な女だわー。周りの人がちょっと可笑しい人たちだからか、巧妙にカモフラージュされているが、紅秀麗は昼ドラのヒロインにぴったりじゃないかな!
シリアスに展開しておけば、限りなく昼ドラ的になるだろうに。
「まあまあ、さっさと戻りましょう。――おっと、皆さんにお土産でも買おうかと思っていたんですよ。選ぶのに付き合ってくれませんか?」
「はぁ……。雲幽さんは何を言っても聞かないってわかってますから。付き合いますよ」
「お優しいですねえ」
反吐が出る。
物事は非常に愉快な展開を見せているが、やはり気持ち悪い。愉快だと思う。が、気持ち悪いとも思う。
自分が小説の登場人物と喋っていることも、甘い考えしか出来ないこのヒロインも、それを歪んだ視点からしか見られない自分も、全てに反吐が出る。
「いつも思っていたんですけど、雲幽さんってホントに掴めないですね」
「光栄だなぁ」
そう言いながら、団子屋に入る。
40本ほど包んでもらうと、お勘定はと聞かれたので、「これで」と金を3両ほど出した。十分すぎるよという店主に、じゃあとあと20本ほど包んでもらった。
大食漢であろう浪燕青も居ることだから、これぐらいの本数はあっという間に無くなってしまうだろう。
「雲幽さんってお金持ちなんですね」
「まぁ一族の殆どが官吏だからねぇ。医官になった奴もいるけど、大体が皆国王陛下に仕えているよ」
「……放蕩息子」
「え、何だって? 最近は耳が遠くて。歳かなぁ」
もう三十路だしねぇ。幼い頃は三十路なんて小父さんだと思ってたけど、年頃になってからは小父さん好きになったんだよね、前世では。
三十路組であり、比較的仲の良い欧陽玉や楊修には何も言わずに出て来てしまったけど――まぁ結構噂になっていたから二人とも知っているだろう。
そういえばあの紅吏部尚書は1世代上だったはずだ。歳とったなぁ。
「あ、そうそう。忘れるところでした。夕方にちょっと用事が出来たので私は早く帰らせていただきます」
「用事、ですか?」
眉をひそめた紅秀麗の眉間をぐりぐりと押してみた。
私は男に生まれ変わってから背が高くなった。詳しく測ったことはないが、恐らく前世の身長より15センチは高い。こちらの単位に換算すると5寸ほどだろうか、視線が高い。
だからかもしれない。女の子が余計に可愛く見えるのは。それにこの国は栄養不足なのか、男も女も小さいのだ。
「や、やめてくださいよ、雲幽さん」
「彩雲国の平均を取ったかのように月並みな顔が酷くなっていたからね。おお、少しはマシになったようだ」
「ちょ、雲幽さん!」
冗談なのになぁ。
冗談ほど伝わらない物はないなぁ。少し間違えるとただの悪口になってしまうし。
「ほら雲幽さん! お土産も買ったんですから、そろそろ戻らないと悠舜さんの雷が落ちますよ!」
「悠舜さんのねぇ……」
そんなことどうでもいい、とは言えなかった。めんどくさいし。
そもそも私って自分の評価を余り気にしない質なんだよなぁ。他人に自分がどう思われていようとも、そんなに気にしない。その人は私のことをよく知らないだけだし、分かってもらおうとも思わないし。まぁ、余りにも甚だしい誤解は解くけどね。
「雲幽さん!」
早くしてください、と叫ぶ少女を見て、自分の口が歪んだ。
面白い興味深い馬鹿馬鹿しい阿呆臭いは、私の中では全て同列だ。観察対象でしかない。






ああ愉快愉快、と笑ったその人に魅せられたのは紅の――。
―――――――――――――――
ああ楽しい!
無関心云々の文章を入れたかった!
因みに毒舌事典なるものを見ていた時に見つけた台詞をちょっと弄りました。
こんなんしか更新出来ない私を許してください……orz


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -