結局私は彼らを人として見ていないのかもしれない。小説の登場人物くらいにしか思っていないから気持ち悪いのだろう。彼らはちゃんと生きているというのに。
ああ、愉快愉快。
こんなに愉快なのは何年ぶりだろう。
女の子たちと居るときも楽しいが、これは全く違う愉しさだ。馬鹿馬鹿しくて愚かで、でも何かをひたすら求めて走り続けているあの少女を眺めているのが、こんなにも愉しいことだとは!
首を傾げて私の名を不安そうに呼ぶ少女に、私は腹の底から沸き上がるような笑いを堪え、それでも顔面の筋肉に必死に伝達して少女を安心させるような笑みを浮かべることに成功した。
ああ、矢張り愉快。
こんな愚直な少女を見て愉しもうとしている自分すら、愉快に思える。
末期だな、と内心で自嘲した。
「雲幽さん、大丈夫ですか? 具合悪そうですよ」
「やだなぁ秀麗さん。そんなに見つめないでください。静蘭さんが凄い剣幕で見つめてくるんです。誰もとって食ったりはしないのに」
どうやら少女は私のことを知っているらしい。そういえば、花街に出入りしてたっけ。ああ、胡蝶のお気に入りだ。
それでは放蕩息子と名高い私の事など昔から聞いているのかもしれない。
「放蕩息子と朝廷でまで噂される貴方を、信用しろと?」
「やだなぁ静蘭さん。噂はあくまで噂ですよ。それに放蕩息子が信用できないなんてどうして言い切れるんです?」
「せせ静蘭! あっちで影月くんが呼んでるわよ!」
私の言葉でこめかみに血管を浮かべそうなくらい不機嫌になった静蘭を見た秀麗は、必死に宥めようとしていた。
影月か……癒し系ではあるな。それに、一緒に付いてきた香鈴も。
いや、香鈴はリアルツンデレか。比較的軽度だから許されれるのがリアルツンデレだ。ツンデレにも度合いがあるというのが私の持論であるが、ツンデレは行きすぎるとうざい。これが物凄くうざい。
香鈴は許されるが、行きすぎても面白いだろうから良い。1人で突っ走って迷惑掛けたりとかするんだろうなぁ。愛が重いぜ!
まぁこの年頃の少女なんて皆そうだけどさ。いっちょ前に恋愛して、独りよがりの愛を互いに押しつけあって。
あー愉快愉快!
これからどうなるのか非常に愉しみだ!
「雲幽さんは静蘭をわざと怒らせるようなこと言うんですね」
「まあね。そりゃあ誰だって『きちんと仕事をしている』ことを無視されちゃあ怒るよ。放蕩息子とは言われても、もう殆ど自立しているし、花街で遊ぶのは自分で稼いだ金を使っているのに、親の脛噛りと言われちゃあね」
「親の脛噛りとは言ってないと思いますケド……」
私は肩を竦めて「目が言っていたよ」と言った。あの腹黒め、と内心呟く。
ああいうタイプは世渡り下手だと思う。無駄にプライドが高くて、下手に賢い。可哀相に。
もっと楽に生きられる方法など、探さなくたってごろごろ転がっているのに。秀麗も静蘭も、どうしてそういう苦しい生き方しか出来ないんだろう。理解不能だ。
「どうして、雲幽さんは官吏になったんですか?」
「親父殿が五月蝿くてね。糞に集る蠅のように私の周りをうろちょろうろちょろ……。兄上が既に官吏だから私はならなくても良いだろうと言っても聞く耳持たず。良い迷惑だ。まぁ仕事は楽だからいいんだけど」
「どの部署なんですか?」
「礼部だよ」
私がそう言うと、秀麗は思いっきり嫌そうな顔をした。そういえば秀麗と影月は礼部官に陰湿な虐めを受けていたな。軽く殺されかけていたし。
私はあの尚書だけはだめだった。偽善者面したあのヅラめ、思い出すだけでも不快になる。
「じゃあ上司って……」
「魯尚書だよ。あのヅラの時から、私の上司」
「そうなんですか。でも魯尚書って厳しくないですか?」
「そう? まぁ慣れないと厳しいかもね。中身は割と気の良いオジサンなんだけどなぁ……」
「オジサンって……。はっきり言う人ですね」
秀麗は脱力している。いや、身体中の筋肉が弛緩したようにも思えた。気でも張っていたのだろうか。
見ていて飽きない少女である。秀麗は顔は月並みだが、どうやら人を惹き付ける何かがあるようだ。
「秀麗さん」
私はその何かがとても気になった。
だから手を伸ばし、秀麗の頬にそっと触れ、添えた。
私が今まで見てきた子とは違う。多くは化粧をし、肌や髪の手入れをし、ムダ毛の処理をし、自分の外側を磨くことに専念していた。秀麗は、内側すら磨いていない気がする。ありのままだ。
それがいいのか悪いのか。
「あ、あの、雲幽さん。近いんですが」
「おや、男慣れしてない。花街で働いていたんじゃないの?」
「主に雑用です!」
「知ってるよ。こんなに可愛くない妓女を見たことないからね」
「どうせ可愛くないですよ!」
ぷんすかとでも言うのか、漫画だったらぽこぽこと湯気でも出ていそうな剣幕である。
愉快愉快。
「というか、よくそんな性格でモテますね……」
「やだなぁ、モテないよ。私が茶州に行くと知って泣いてくれたには艶冶だけだからねぇ」
「あの艶冶姐さんを落としたというのも信じられない!」
「艶冶? 艶冶は友達だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
なんなんだ、落とすって。まるで艶冶が私のことを男として好いているみたいじゃないか。
艶冶は私の親友だったのであって、決して恋仲とかではない。艶冶を抱いたことすらないのだから。
抱こうと思えば抱けなくもないのだろうが、何分私は元が女である。身体的には普通のことでも、精神的には百合である。
ちなみに私は同じ理由で結婚もしていない。だって次男だから家を継ぐ必要はこれっぽっちもない。それに兄はすでに結婚していて子どももいる。幸いなことに男子だ。私にお鉢が回っていることはないだろう。あったとしても拒否する。
幸いなことに、私には姉が一人と弟が一人、そして妹が二人いる。姉は結婚していて、子どもがいる。弟はもうそろそろ結婚するだろうし、上の妹だってそろそろ年頃である。下の妹はまだ幼いが、後五年もすれば頃合いである。
私が無理に結婚する必要性など皆無。父親は働きもせず遊び歩いている私を見兼ねて官吏にしただけだから、元々私に期待などしていない。
「私が結婚するとしたら、相当その人の事が好きなんだろうね」
「つまり艶冶さんは身請けする程好きではないと」
「うーん、ちょっと違うんだよ。身請けは別に良いんだよ。友達を助けると思えば安いものだ。だけどね、子どもを残す、或いはその行為自体好きではないんだよ」
この国では結婚は家同士の結び付きの為だから、その証明として子どもを欲しがる。情が沸くからだろうか。つまりこの国では結婚=子どもを生むということだと思ってもいい。
正直、そんな気持ちの悪い事は出来なかった。愛を語るつもりは毛頭ないが、気持ち悪いものは気持ち悪かった。
「つまり、嫌なことをしても良いと思えるほどの相手でなくては結婚はしないだろう、と」
「大体そんな感じ」






結局私は彼らを人として見ていないのかもしれない。小説の登場人物くらいにしか思っていないから気持ち悪いのだろう。彼らはちゃんと生きているというのに。
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これから恐らく2ヶ月間は本格的な更新は望めないだろう。


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