タイムスリップってこの世界にあったんだね。それにしても結構中途半端に関わっているような……。

目を覚ました。どうやら私は暗い岩場の上で寝ていたらしかった。
いやいやいや、待て待て。なんで私こんな暗い場所で寝てるのさ。おかしいよ、おかしいでしょうが。どうやらざっと辺りをうかがったところ、ここは洞窟の中のようだ。水滴が岩場を穿つ音と声が反響している。
多分此処は黄海の中であることは間違いないだろう。だって私はそのために黄海に入ったのだから。一番近い安闔日を待って騎獣を狩る為に無謀にも一人で黄海に入った。何で一人で入ったのかは気の迷いだとしか言い様が無い。しかも数日分の食料しか持たずに――次の安闔日までには四ヶ月もあるのにも関わらずに、だ。
「あー、もうあの時の自分を埋めたい」
「にゃあ」
そうだ、思い出した。一人で黄海の道すらない森の中を彷徨っていたら、木の根と木の根に足を挟まれた子猫を発見した。警戒した子猫を風の谷を真似て手懐けようとした。だって黄海に猫とか珍しいし、可愛かったから。何とか木の間から救出した子猫は、走り出した。
で、崖から落ちたわけだ。落ちそうになった子猫を助けようとして。まあ、結果としては自分も子猫も助かったわけだから、よしとしよう。うんうん、私って言い奴。
助けた事で信用されたのか何なのか、子猫が胸元に擦り寄ってきた。女だった頃の名残か、なけなしの母性が……。動物愛護っていいよね。
崖から落ちたことで打った痛む頭を何とか持ち上げる。頑張れ、私の腹筋背筋!
「うえー、たんこぶになってらぁ」
後頭部をさすればぷっくりと膨れていて、更に痛んだ。仙でよかったー! こういうときは私を仙にしてくれた陽子に感謝だね。あの子めちゃくちゃいい子!
よっこらせと親父くさい――まあ、実際は親父なのだけれど――声を出して、膝を軸に起き上がる。足元を纏わり付いて来る子猫を拾い上げ、胸に抱く。名前付けよう。
「猫、お前は今日から夏雪(かせつ)だ」
「はい」
――しゃべった。



「雲幽、あっちから人の匂いがする」
「流石だなあ、夏雪は」
拾った子猫こと夏雪は、どうやら妖魔だったようです。だって何か、いくら私が仙とはいえはっきりと言葉が通じるし、拾ったときは子猫だったのに今は犬なんだけど。とりあえず朱氏や騎獣を狩りたいものは安闔日のたびに黄海に入っていくものらしいから、麒麟が居なくても人が絶える事は無いだろう。だから夏雪に人を探してもらっている。
そうかそうか、人が居るのか。人はどれ位居るか聞くと、結構多いようだ。しかし意外だな。麒麟がいるわけでもないのに。夏雪は集団のようだと言っているが、昇山したってなぁ。肝心の麒麟は居ないわけだし。
「行くか?」
「そうだね。このだだっ広い黄海を宛ても無く歩くよりはいいかもしれない」
「では乗れ」
そういうと、夏雪は羽のついた虎になった。聞けばこうして色々な動物や妖魔に化け、妖魔や人間をだまし討ちすることがあるらしい。
そういう妖魔が居るのか、私はまだこの世界に来て日が浅いから知らないが、しかしまあ、前世の知識を総動員してもそんな妖魔いたかなぁというのが正直なところだ。使令になれば、何せ人語を話すようになるというのだから妖魔の力も格段と上がるのだろうけど、生憎私はキリンではないし。まあ、私が山客の中でもかなり特殊な部類の人間だからかもしれなかった。
夏雪の背に跨り、人が居るという方向を目指す。半日駆け近付いてみると、そこは湖だった。湖畔には野営をしているものがいるようで、火が灯っているのが見える。だが、なにやら様子がおかしい。
――悲鳴が。
「雲幽、恐らく妖魔に襲われている」
「夏雪はその妖魔を倒せそう?」
「造作も無い」
大きく伸びをするようにして一駆けすると、そこは既に血の海と化していた。夏雪は貪る様に人に食らい付いている妖魔の首元めがけて一噛み。何だか、狼に育てられたあの有名な姫を思い出す。夏雪が妖魔を食べているのをその背から眺めて思う。
どうやらある程度はお腹が空いていたらしい。それでも私と居る時は、私の身が危険に晒されない限り妖魔を襲う事はなかった。もっとも、妖魔にすら出会ったのは只の一度しかない。
「逃げたもの達を追うよ」
「雲幽、食事がまだだ」
「なるべく早く済ませてくれよ」
相分かった、と言う夏雪の背中に顔を埋める。人が死ぬのなんて、もう何度も見ている。こちらに来る前に居た世界では、王位争いで多くの人が死んだ。こちらに来てからも、内乱で少なくは無い数の人が死んだ。人を助けるという事は、その裏で犠牲になる人が居るということだ。
夏雪の毛は犬だったときによく洗ったからか、ふわふわしている。背骨にぐりぐりと額を押し付けると、夏雪はくすぐったそうに身を捩った。夏雪は妖魔で、人を襲う事もある。
「終わった?」
「ああ、行ける」
夏雪は湖畔に口を突っ込んで血を漱ぐ。こういう湖や川の水は飲めない。それでも、身体を拭くくらいなら問題は無い。血を漱いだ夏雪は身体を振るうと、人の匂いがする方へ目掛けて行った。速度はあるはずなのに、緩く風を切って進む。
大分時間は経っているのに、坂を下っている者に追いつく事ができた。やはり足は速いようだ。地面すれすれを飛び、徒歩の者を後ろから回収する。襟を掴んで引き上げれば、妖鳥に襲われたと思ったのか、酷く暴れたので殴って気絶させておく。私は一応前世が女だったからお淑やかなはずなのに、一体いつの間に大の男を片腕で引き上げ且つ殴って気絶させられるような腕力を見につけたんだろう。私の女らしさを返せ!
しかし、夏雪という妖魔と一緒に行動しているところからして、私はもう既にチートだ。どうした私。まあ、この場合は役に立っているから目を瞑ろう。元女とはいえ、今は正真正銘男だからなんか複雑だしね。
夏雪の背中に山積みになった人たちを見る。流石にもうこれ以上は乗せられないな。まあ、妖魔が追いかけてくると思わせておけば死に物狂いで走るだろうから、人が居る場所にだってそんなに掛からずに着くだろう。夏雪の首を軽く叩いて減速させる。
「妖魔だ!」
「逃げろー」
劈くように叫ぶ男達を追いたて、ある程度近付くと、一飛びさせて先回りする。人々の中心に降り立った。周りの人々は恐怖に動かない。夏雪の背中に乗った気絶している人たちを放り出す。生憎男に優しくしてやるような優しさは持ち合わせていない。
どさどさと放り投げると、そろそろと気絶した男達に近づく者たちが居る。妖魔だと追い立てられたものたちが到着すると、その場は悲鳴に包まれた。夏雪に攻撃しようとするものがあって、私は夏雪に攻撃が届く前に一飛びさせる。空中で犬に化けた夏雪を抱え、近くの木陰に不時着した。服が裂け、かすり傷が出来た。
「おう、嫌われちゃったかねぇ」
「私には関係のないことだ」
「そんなこと言わないの、夏雪ちゃん。私と君はもう運命共同体も同然だろう?」
「冗談!」
どうやら私はあの集団だけではなく、夏雪にまで嫌われたようだ。夏雪のは只のじゃれ合いだけれども。
暫く夏雪とくだらない会話をしていると、遠くからおーいという声が聞こえた。その声は高く子どもの――しかも恐らく女の子だ。ああ! 私の癒しじゃあー! きっと可愛い子に違いない。こういうときは勇気のある可愛い女の子が助けに来てくれるんだろJK。
感激していたら、声の主が私を見つけたらしく「あなたが徒歩の者達を連れてきてくれたのね」と私に声をかけた。夏雪が私の懐にもぐりこんだ。どうしたんだ一体。
「みんな酷いわ。助けてくれた人を攻撃しようとするなんて!」
「私がいけないんだ。妖魔を連れていたから」
「あら、でも今のあなたは妖魔を連れていないわ」
「どうかな」
布の上から夏雪を撫でる。額を私の胸にこすり付けて甘えているのが分かった。
私に声をかけたのは少女で、黄海に入るのはまだ幼い。黄朱ではないだろうし、ならばどうして黄海なんかに? 可愛いのに。
「あなた、一人?」
「うん、黄海に入って早々迷ったんだ」
「あら。それは大変だったわね」
「まあね。偶然出会った妖魔と此処まできたんだ」
少女は珠晶と名乗った。だから私も雲幽と名乗った。こちらの人は氏とか字とかあるけど、私のは名だ。なのでちょっと名乗る事も憚られたけれど、今更だ。陽子もあの内乱を共に闘った者たちも、私の事は雲幽と呼ぶのだし。陽子だってよく考えれば名だ。陽子の字は赤子なのだから。
私達と一緒に行きましょうと言われ、思わず頷く。だってこんな可愛い女の子に誘われて断れるとでも言うのかい? 珠晶に着いていくと、人の良さそうな男とむさ苦しそうな男が居た。
「珠晶、その人は?」
「さっきの妖魔騒ぎの人よ」
「おい、何でそんな奴――」
「だって、雲幽が連れてきた人たちは家公に見捨てられた徒歩の者達で、しかも気絶していただけで誰一人死んではいなかったわ」
「だからって、妖魔を連れているんだぞ!」
「今は連れていないじゃない」
人の良さそうな男の視線が私のこんもりと膨れた懐に向いた。その後ろに居る虞は少し怯えたようにこちらを伺っている。やはり妖獣も妖魔には変わり無い様で、妖魔の気配には敏感らしい。今、夏雪は犬に化けているから気付かれないのか、それとも別の理由かは分からないが、確かに夏雪の気配は薄れているようだった。
私は虞を連れた男に日本人の得意技・愛想笑いでにっこりと笑い、名乗った。男は利広といった。利広はむさ苦しそうな男の紹介もした。むさ苦しい方の男は頑丘といった。
「雲幽、その懐のものは何だい? 動いているように見えるけど」
「犬だよ。夏雪と言うんだ」
「夏雪? いい名前だね」
「そうかな。夏に雪が降るのは本来有り得ないだろう。でも、私はこの黄海で夏雪と出会った。それは本来有りえない事だったんだよ」
夏雪を懐から取り出すと、夏雪は嫌がって身を捩っている。仕方なくまた懐に戻すと、大人しくなった。変な奴。頼むから今は犬のままで居てくれよと願いをこめて撫でると、夏雪は甘えたような鳴き声を出した。
珠晶と頑丘は言い合いを終えたらしく、珠晶が憮然とした表情で私の方へと来た。
「はぁ……」
「珠晶ちゃん、ため息は幸せが逃げるらしい」
「だとしたら私の幸せを逃がしているのは頑丘ね」
「ふふ。それより、みんなどこに行くの?」
「あら、蓬山よ。みんな昇山するの」
「でも今は麒麟が居ないでしょ」
私がそういうと、珠晶は呆れたように眉を寄せた。えええ、私何か変なこと言ったのかな。じゃあ、だとしたら、考えないようにしていたけれど、珠晶はあの珠晶なのかも知れない。
――供王蔡晶。
「先の供王が無くなってからもう27年になるわ。あなた一体何者?」
「マジかぁ……。私は只の山客なんだけどなぁ」
どうやらトラブルに巻き混まれるのが私の運命のようだ。




しかも結構中途半端な形で
―――――――――――――――
うええええええええい。
パソコンなら消える心配はないけれど、異常に疲れるなぁ。
藍滌夢も書かなきゃー……。


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