権力にも金にも色にも興味が無い。そんな男なのだろうとどこかで理解した。
恐らく奴は世界で一番恐ろしい奴だ。
味方であるうちは自分を紛れさせ、相手にあまり良い印象は与えない。しかし敵になった途端、奴が今までこなしてきたことは全て停まる。
限りなく有能なのに、味方であるうちはそれを気付かされることは少ない。敵に回って初めて、奴が今まで飄々としつつもこなしてきたことの重大さが分かる。
奴――喬雲幽はそういう人間だ。
今までは旺季が目に掛けている奴の弟、もしくは旺季の側近の息子くらいにしか考えていなかった。
風評も悪く、仕事はしないわ花街に通うわで何かと有名ではあったが、取るに足らないと考えていた少し前までの自分を蹴飛ばしたいくらいだ。
自分にも厳しいが他人にも厳しいというあの欧陽玉がわざわざ連れていきたいと言うことに疑問を持ったし、あの楊修までもが手元に置いておきたいというのは好奇心を煽る。
ましてやその二人の要求を拒むというのは余計に陵王の心をくすぐる。
喬雲幽の父親も兄も、とてつもなく優秀だ。さすが先祖代々官吏を多く輩出しているだけあって、官吏が何たるかをよく理解しているし、間違いは正せば次は二度と同じことをしない。
その父親や兄を持ってしても凄いと言われる人物――喬雲幽。
父親や兄曰く、幼少の頃は大層頭がよかったらしい。それに関しては父親も兄も自分の功績であるかのように語った。
ただ、意見が別れたのはそれよりも前の、頭が良いと分かるよりも前のことだった。
父は雲幽の生まれて初めて発した言葉に天啓のようなものでも受けたらしい。それ以後は過剰な期待をしてしまい、それが雲幽を間違った道に進ませたのだと後悔しているらしい。
兄は雲幽の生まれて初めて発した言葉に、まず人間であるかを疑ったという。そして兄は雲幽が女性に強い憧れを持っていると語った。
あの父親をして天啓と言わしめるような、そしてあの兄をして人であるかを疑わせるような第一声。果たしてそれはどんなものなのだろう。
陵王はますます喬雲幽への興味を膨らませた。





雲幽の兄は陵王に「雲幽には近寄らない方がいい。呪われるかもしれない」と言った。
謀らずも雲幽が思っていることを兄はそうとは知らずに陵王に伝えた。
雲幽の兄としては、雲幽至上主義の奴らに狙われるかもしれないとという親切心からだった。
雲幽には、密かに雲幽を尊敬するもの達が集まって作った組合があるらしい。
何でも、その筆頭は一人の女だとかで、組合の内訳は男女半々といったところらしい。
この情報を教えてくれたのは旺季の部下である凌晏樹だった。
晏樹がどこでその情報を得てきたのか分かるような分かりたくないような気持ちで、陵王は雲幽を探していた。
個人的に、物凄く興味がある。
ぶらぶらと歩き、府庫の前まで来たところで、陵王の後を付けてくる人の気配に気付いた。
「誰か居るのか」
返答はない。が、気配は確実に動いた。
陵王が振り向くと、そこには件の喬雲幽がたたずんでいた。
背後をやすやすと取られた上に、付けられていたのに気付かなかった。奴は相当の手練なのかもしれない。
陵王はそんなことはおくびにも出さず、「何の用だ」と問い掛けた。
「それはこっちの台詞です。私を探していたんでしょう?」
「……あ、ああ、そういえばそうだったような」
「違ったのならいいんです。とっとと帰りますから」
「ああいや待て、探していたのは事実だ。だがどうしたことかすっかり頭から抜け落ちてたぜ」
「道理で。ボケるには早いと思いました」
にこにこと人の善さそうな笑みを浮かべて言う雲幽に、思わず眉をひそめる。
いざ雲幽を目の前に対峙してみると、得体の知れない感触が背中をはい上がっていく。
何となく、多くの人々が雲幽を悪く言う理由が分かった。
きっとそれらの人々はこの感触が気持ち悪いのだ。不快なのだ。だから雲幽を嫌悪する。
だが、それと同時になぜか安心する自分が居ることに陵王は気付いた。
雲幽は間違ったことなどしない、雲幽に付いていけば何も間違いなどない、という絶対的な安心感。
戦慄する。
陵王が仕えるのは旺季だけであるはずなのに、雲幽の瞳には自分しか映っていないことを認識するだけで、それすら忘れてしまいそうになる。
これは一体どうしたことなのだろう。
「あー、っていうか早く用件言ってくれないですかね? そろそろ帰らないと修と玉が騒ぎだすんで」
「あ、ああ。ただお前に興味があっただけだ。特に用事があって探してた訳じゃない」
恐ろしい。
敵には回したくない男だ。
だが、これは陵王の長年培ってきた勘が訴えていることなのだが、恐らく雲幽は敵にも味方にもならないだろう。
雲幽にとってはきっと王位争いすら些末事だろう。
それが陵王にはとても恐ろしく感じられた。






権力にも金にも色にも興味が無い。そんな男なのだろうとどこかで理解した。
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次男坊は本人が護身術程度と思っていても、まわりからは手練だと思われる。
余りにも武官っぽくないので余計に驚かれる。


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