有能官吏は嘲笑う

俺の弟は変人だ。
弟雲幽は生まれたときからどこかおかしかった。まず、第一声が「あー無情ー」だった。他の弟や妹は父上だか母上だかを聞き取りにくい発音で言ったのに、あー無情ーって何だ。その時は俺も小さかったから、どういう意味かはよく分からなかったが、意味が分かるようになって思ったことがある。
おまえは人間か!ということだ。
まぁ、これは雲幽本人も覚えていないらしい。本人曰く「そんなん寝言じゃね」とのことだ。寝言であー無情ーなんて言う赤ん坊を俺は認めない。
そして雲幽が3歳の時、奴は女装をしだした。
雲幽が何を思って女装したのか未だによく分からないが、その所為で雲幽は母上から裁縫だの刺繍だのを習わされていた。
雲幽は女性への憧れが異常だ。女装だって平気な顔してしていたし、裁縫や刺繍だって文句は言っていたが出来はどれも素晴らしいものだった。
雲幽は7歳の時、家出をした。理由は恐らく勉強による長時間の拘束。雲幽の自由時間はこの頃には食事の時と寝るときしかなかった。
雲幽は、子どもの足では貴陽すら出られないだろうという家人たちの期待を見事裏切り、茶州の手前まで行ってみせた。
しかも14日間も見知らぬ少年と生活していたらしい。その時の食事はすべて雲幽が調達していたようだ。
思えばあの頃から雲幽は前にも増して外へ出たがるようになった。
あの時3歳上の姉は爆笑していたなぁ。後日腹筋が割れたと腹を押さえながら笑っていたが、どうなったのだろうか。
雲幽と俺は5歳離れている。雲幽と姉は8歳離れている。
姉は女らしくない豪胆な性格で、俺はどちらかと言うと大人しい性格だった。じゃあ雲幽はというと、当時は子どもらしい勉強よりも遊ぶというような性格だった。
そんな雲幽と姉は仲が良い。まるで悪友。8歳も差があるのに二人は常に対等だった。そんな二人のおもちゃだった俺。
姉が嫁に出て、少しはおもちゃにされることも減ったが、姉は家で大人しくしていることが性に合わないらしく、ちょくちょく雲幽のもとに遊びに来ていた。
姉が遊びに来ている時だけは雲幽も花街へ繰り出すことはしなかった。
そして俺が官吏になるとしばらくして、雲幽は花街に行くことを控えるようになった。どうやら父上が何かを言ったようだが、父上に軽く反感を持っている雲幽がよく聞いたものだ。
父上から雲幽が官吏になったと聞いたのはそれから1年後のことである。



雲幽が哀愁のある笑顔でこちらを見てくる。
ごめん、俺は門下省だからあんまり六部とは関わりないし、関わりたくないんだという意味を込めて雲幽を見つめると、雲幽は哀しそうに目を伏せた。
こっそり舌打ちしたのを俺は聞き逃さなかった。
「私には雲幽の補佐が必要なんです!」
「ふん、ただ雲幽と一緒に居たいだけだろ」
「勿論です! しかし雲幽がそこら辺にゴロゴロ転がっている下っぱ官吏より群を抜いて優れているのだから仕方ないでしょう!」
雲幽、おまえはいい友人達を持ったな。しかし周りには勘違いされている。「まさか、男色家……」と呟いた奴を心の中で睨み付け、心の中で罵っておいた。口に出して言う勇気はなかった。
こういうところが雲幽曰く『虫一匹殺せない』というところなのだろうか。そりゃあ確かに虫を殺して呪われたらどうしようって思っているけど、それはあくまでも思っているだけで、実際呪われたりしないことを俺は知っている。
そもそも、俺がそんな『虫一匹殺せない』ようになったのは雲幽の所為だ。あいつは夏になると必ず『恐怖!女の嫉妬が男を殺した!』とか『ドキッ!深夜の墓場で……』とか言う題名を付けて怖い話をするから、俺はこんなふうになってしまったんだ。
欧陽侍郎と楊侍郎に必死に自分達は友人だと言い聞かせている雲幽を見ていると、だんだん雲幽が哀れになってくる。
普段は振り回す側の雲幽が振り回されているのは、振り回される側の俺からしてみればザマァという感じだが、これで間違いなく父上に目を付けられたと思うと、正直同情する。
何といっても父上はかなり厳格な官吏で、しかも貴族派。ちなみに俺も現状では貴族派。陛下に対する不満は塵も積もれば山となるって具合に日に日に大きくなっていく。
そんな父親の目の前でオトモダチときゃっきゃうふふしている雲幽は、格好の餌食。ましてや父上は潔癖。雲幽曰くノンケ。現状はすこぶる悪い。
雲幽みたいに言えば『死亡フラグ』だろうか。
さらば雲幽。お前の骨だけは拾ってやる。
というかその前にもう一人の弟が黙ってはいないだろう。もうあいつも官吏だし……。しかしあいつは雲幽命だから、今回のこと知ったら暴れるだろうなぁ。触らぬ神にたたりなし。
なんで雲幽はあんなに弟妹に好かれているのだろう。俺の息子も俺より雲幽の方が好きだと言うし、そもそも嫁を父上に紹介したのも雲幽だ。連れてきた子は案外普通の子でびっくりした。身請けした妓女とか貧しくて雲幽が引き取った子だと思っていたら、なんと貴陽指折りの商家の娘!
俺はつくづく雲幽の人脈に驚かされる。
それにしても――雲幽のやつ、欧陽侍郎・楊侍郎とつーかーの仲なのか。
いいと思うぞ、俺は。個人の嗜好に口を出すつもりはない。そういう友人関係でも俺は弟を蔑んだりしない。
「何で私が責められなきゃいけないんだ!」
そう叫んだ弟は官吏をやめるとまで言ったが、欧陽侍郎と楊侍郎に却下されていた。
我が弟ながら、友人からの扱いの酷さに死後雲幽の墓は飛び切り豪華にしてやろうと思った。遺言にもそう書こう。
そもそも暴走した雲幽を絶対に止められるのは家族だけで、絶対という程ではないけれどかなりの高確率で止められるのが魯尚書だ。
いつも思うんだが、雲幽って魯尚書のこと好きすぎるだろ。
まぁ、魯尚書の鶴の一声で雲幽の碧州行きが決まった。
俺は最近思うんだが、紅秀麗よりも雲幽の方が酷い扱い受けてるよな。悪い意味で話題の州にばかり飛ばされてさ。しかもこの間は冗官にまでさせられて。
雲幽は真面目ではないが、ちゃんと働いているのになぁ。俺や家族は雲幽のことを受け入れているので、雲幽がどうして真面目に働かないのかだって疑問にこそ思うが、そのことでああだこうだ言うつもりはこれっぽっちもない。
殊更雲幽大好きな父上や下の弟は陛下への不満も大きいだろうなぁ。父上も何だかんだ言って雲幽を一番目に掛けている。きっと馬鹿な子ほど可愛いって奴だろうか。
雲幽は勉強も出来るし頭の回転だって早い。雲幽を表す四字熟語は才色兼備とか頭脳明細とか眉目秀麗とか、そういうのが似合うのだろう。だが、それも雲幽の行動でぶち壊しだ。雲幽はやる気がない、不真面目、だらしない等の評価を軽く独占している。
そうではないのに。
雲幽が真面目にやらないのは、真面目にやれば仕事など簡単に片付くことを知っているからだ。この朝廷の仕事など、雲幽が不真面目にこなしてようやく雲幽は人と肩を並べる。
恐らく父上もそれには気付いている。
雲幽は幼い頃から勉強も出来たし頭の回転も早かった。3歳で一通りの文字を習得していたし、そこからは文章の練習もしていた。
雲幽は幼くして完成された人間だったのだ。
人々の雲幽の評価は低い。俺はそれでもいいと思っている。
雲幽が物凄い人物だと言うことは、親しい人だけが知っていればいいのだ。独占欲、とでも言うのか。何もあえて雲幽の賢さを低能なバ官吏どもに教えるのは癪だ。
雲幽の有能さに気付いたものは恐らく、雲幽に絡めとられるのだ。





有能官吏は嘲笑う
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陵王視点にするか最後まで悩んだ結果、お兄ちゃん視点になりました。
うちの次男坊は無意識に逆ハーレムを作り、その気になってハーレムを作るという男です。
愛され次男坊ですねー。


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