朔洵との出会いと私の家族――と私の幼少期は恐らく人生で一番濃い時間だったとそのときは思ったが、紅秀麗と会ってみたらそんなことなかったと思い知らされた。
私の幼少時代は我ながら濃い幼少時代だったと思う。
いやだって、ほら私は前世が女だったから男の生活に慣れなかったし、生活年齢は若くても精神年齢がもう数えたくないというか数えんのめんどいなという歳に突入していたからね。
家族の殆どが官吏(女子ども除く)みたいな家に男として生まれてしまったので、そりゃあ嗜みと言うものが必要だった訳ですわ。勉強はもちろんの事、一通りの護身術に碁に礼儀作法に楽に詩にとやる事いっぱいで、プライベートもしくは人権はどこに行ったというようなハードな幼少生活を送っていた私だった。まあ、ある程度は耐えて居たんだよ。これでも精神年齢は子どもなんて絶対にいえないような年齢であったし、それがこの家に生まれた私のやらなくてはならない事だったからね。
でも、でもさ、一応今の私って男であってね、裁縫とか刺繍とか何で女の子が習うような事までやらされているんだろうって思うわけですよ。――まあ、あとで母親の趣味だということ発覚したが、いやいやよく父親が許したね? って感じでしたよ。父親は「男なら男らしくあれ! そして官吏になれ!」と毎晩夕食の後と寝る前に態々私の元まで来て言うくらいだったのだから。そりゃあ、反発するかのように女物着たりとかした時期(3歳くらい)もあったけどね。あれはちょっと大人気なかったかなと今になっては反省してるんだよ、ダディ。
というわけで、私は彩雲国では珍しいオトメンになりかけていた。心中は大変複雑だが、元が女だったから別にオトメンに見えてしまうのは仕方がない。むしろ元が女なのに「若様ッたらなんて男らしいの!」って言われてもそれはそれで複雑だっただろう。オトメン――いい響きじゃまいか。
私が勉強を始めたのは3歳くらいからで、恐らく父に反発した私が女物の着物を着ていたからだと思う。父なりに焦ったんだろう。大きくなってまで女装を引きずるつもりはないんだがな。一応そういうTPOは弁えていたつもりなんだが父親は父親なりに心配してくれていたらしい。で、私はちょっと早めにお勉強がスタートした。
元はニートといっても、ちゃんと大学卒業した大人だったから、まあかなり長期的な受験勉強だとでも思って臨んだ訳ですよ。まあ、子どもの脳っていうのはまっさらな状態ですからね、いくら事前情報が詰め込まれていようと記憶力は幼児と変わらないわけで、教えられる事を片っ端から覚えていったら2年で兄と同じ勉強をやる羽目になりました。たはー。もうちょっと自重すればよかったと気付いた時には、私の自由時間は勉強と習い事の休憩時間と化していた。四半刻もなかったよ。そんな状態を不憫に思った母親がもっと好きなことをやらせてやりたいと思ったらしい。じゃあ、なんで自分の趣味にしたんだ、母よ。
そんな状態に嫌気が差した私は若干7歳で家出をする。ちょっと茶州まで。私は身体は子どもだったけど、脳みそ及び行動力は大人だったので、家族及び家人の子どもならそう遠くまで行くまいという期待を華麗に裏切って見事茶州まで行って見せたのである。帰ってきたときは大層叱られましたがね!
まあ、実際は茶州のちょっと手前までしか行かなかったので、正確に言えば茶州に入ってないのだが、そこまで行ったら茶州に行ったのと殆ど変わりない。偶然知り合った少年から茶州の状況を聞いて尻込みしたとも言えなくもなくもない。その少年は茶朔洵と名乗った。名前を聞いたのは別れ際で、失敗したと気付いたのは帰り道だった。
朔洵は大層いい奴だった。いや、本性は知っていたんだけど、猫被っているのに目を瞑ればいい奴だったのだ。金がないと言えば「10倍にして返してね」と言いつつも貸してくれた。ちなみに借りた金は返してない。返そうと思ったんだけど、死に掛けてたし、もし生きていたとしてもいつか捕まっちゃうだろうしなと思ったので返さなかった。今度会う機会があれば返してやろうと思う。
つまりまあ、此処からは回想なのだ。


「ねぇ、金持ち坊ちゃん」
「なぁに雲幽」
「なあにじゃない。ちょっとは片付けて」
期間にして2週間。私と朔洵は共同生活をしていた。私にとって朔洵は金づるだったわけで、朔洵にとって私は世話係だったわけである。利害の一致とも言う。
しかし、この金持ちのグータラ野郎は一日中ごろごろしていて何もしなかった。どこかの私を髣髴させるような野郎である。只管働けと言って来た母親の気持ちが今なら分かる。ごめんよ、母さん。別に働くのが嫌いなわけではなくて、家から出るのが嫌なだけだったんだ。生まれて7年、前世の母親のことなんて思い出したこともない私に懐古までさせるなんて、茶朔洵……恐ろしい子。
「お金あげるから片付けてよ」
「何言ってんだ。金はちゃんと後で請求するに決まってる。そうじゃなくて、少しは動いたらどうなんだって言ってんの」
「えー、めんどい」
「その気持ちはよく分かるが、お前が退かない事には掃除すら出来ないんだ。ちょっとくらい外に出てくれないか」
私がそういうと、朔洵は嫌々ながらも外に行った。朔洵はそのうち筋肉が衰えて立てなくなる気がする。むしろそうなれ。
前世ニートな私だが、動くのは嫌いではない。嫌いなのは家から出るということだ。まあ、今回は流石に家から飛び出したが、それは家庭教師がウザすぎるので仕方がない。前世は株で結構儲けていたし、家から出ない代わりに家事とか掃除とかやってたし。まぁめんどかったけれど、母親を困らせている自覚はあったのでそれくらいはやったさ。
朔洵は前世の私以上にものぐさだった。こいつ、食事を用意されなかったら一生食わないんじゃないだろうかと思ってしまうくらいに、朔洵は何もしなかった。いや、むしろ何も出来ないのだと思う。服だって着られないし靴だって履けないし。朔洵のほつれた袖を私は仕方なく縫ってやった記憶も新しい。母親のお節介がこんなところで役に立つとは思わなかった。
この共同生活をしている間は金持ちの坊ちゃんが朔洵だとは知らなかったから、変な奴としか思わなかった。でも、茶朔洵だと言われて納得してしまった。こいつなら有りそうだと。
「終った?」
「いや、まだお前が出て行ってから四半刻も経ってないんですが」
「終らないの?」
「察しろ。ったく、寝台に何でもかんでも持ち込みやがって」
「そこに在るほうが便利なんだ」
こいつ、現代だったら正真正銘のニート且つ引きこもりだ。半径1メートルで生活しやがって。
貴族はいいなぁ。私なんか同じ貴族でも、皆バリバリに頭がいいから必然的に勉強は必須となるし。とりあえずリア充爆発しろ。あー、私もグータラ過ごしたいよ。そんなことが許される立場に生まれたかった。頭が良くて何の得するの? 誰得ですか。
私は勉強は出来なかったがな、こう見えて頭の回転はいい方だったんだ。いかに効率よく金儲けするかに脳みその半分を使っていたように思う。ちなみに残りの半分はいかにダメージ少なく最短でラスボスまで行けるかということとご飯何にしようだ。金儲けは株を選んだわけだが、家から出たくないので株主総会とか何それって感じで、外に出るのは気が向いたときのコンビニの物色くらいでしたよ、ええ。あと急に食べたくなったコンビニスイーツやアイスを買うときだけだな。
「ねえ、雲幽。僕と一緒に来ない?」
「残念だがね、私はそろそろ帰ろうと思っているんだ」
朔洵のお守りは2週間が限界だった。私の体力気力云々の問題と朔洵のお迎えの関係で、2週間であっさりとおさらばした。もちろん金ははずんでもらった。
朔洵は私を連れて行きたがった。お迎えが来ても尚、私から離れようとしない朔洵に私は「また会いに来る」と言って20年以上も会わなかった上、会ったのが朔洵は死にかけというのは何とも私達らしい場面だった。正直、朔洵に付いていっても面白そうではないし、朔洵の世話係りなんてもうやりたくない。死んでもごめんだ。
「ねえ、雲幽。僕の名前は茶朔洵だよ。忘れないでね」
「私は喬雲幽だ。忘れてくれて構わないから」
このときの私はどうやって帰ろうかを思案しており、朔洵の言った事など聞き流していた。それが間違いの第一歩だった。そこでちゃんと聞いていれば、何か変わったかもしれない。私は朔洵との共同生活で、朔洵の事をある程度は理解していた。こいつと私は根本的なところが似ていて、けれど育った環境でこんなにも変わるものなのかと思い知らされてりしたから。私は腐っても現代っ子で、朔洵は腐っても茶家だった。救ってやりたかったと思う。でも、実際に救えたとしても、私はそれをしなかっただろう。
朔洵も所詮、私にとっては他人だった。


「雲幽!」
帰って一番にされたのは、母親からのタックルと父親からの往復ビンタだった。兄は泣くし、姉ははしたなくも腹を抱えて笑っていた。この上二人は性別が逆になって生まれてしまったんだと思う。姉はお転婆でそこらへんの男より男らしかった。兄は大人しくて、剣術よりも読書が好きというような人だった。兄はよく姉に苛められてはらはらと涙を流していた。
その点、私は母から裁縫や刺繍を習わされたという事を除けば、男らしく元気溌剌で勉強よりも遊びが好き!というような子どもだった。そりゃあ女装したりもしたけど、あれは置いてあったから来ただけだと屁理屈を言ってみる。屁理屈だって理屈だ馬鹿野郎。
「家出とは何事だ!」
「父上、お言葉ですがこれは家出ではございません。自分探しの旅です」
「言い訳はいい!」
既に自分が確立されているから、自分探しも何もあったもんじゃないけれど、流石に7歳で自分探しは拙かったようで「変な知恵まで付けおって」と怒られた。元から変な知恵をつけてるなんて言ったら、呪い殺されそうな形相だった。
姉は姉で「叱られてる!」と何が可笑しいのかも分からないくらい爆笑していた、後日姉は「笑いすぎで腹筋が割れた」と言っていたが、未だ真実なのかは確かめられていない。
「雲幽、旅は楽しかった?」
「はい母上。家の中に居ては分からない事ばかりでした」
「それはよかったわ。みんな心配はしていなかったのだけど、やはり雲幽がいないと味気なくて。雲幽の声がしない静かな邸は落ち着かなくて。やはり雲幽がいないと駄目ね」
「……」
心配してなかったのかよ。いや、仮にも家族なんだから心配位してくれたっていいんじゃないかな。薄情な家族だな。だけど、そんな薄情なところは嫌いではない。後腐れなくて済みそうだし。
嫌いじゃないよ、そういう人。





朔洵との出会いと私の家族――と私の幼少期は恐らく人生で一番濃い時間だったとそのときは思ったが、紅秀麗と会ってみたらそんなことなかったと思い知らされた。
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家族の話はあんまり出さない予定だったけど、全く出さないのもちょっとアレなので。
次男坊と朔洵は似たもの同士だけれど、おそらく次男坊の方が世渡り上手。
勉強は出来ないけど、頭はいいとか羨ましいよな。


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