願わくば彼に未来永劫の幸せが訪れますように
私は貴陽に戻ってきた。
とは言っても、朝賀のために戻ってきたので長居は出来ないのだが、久々に友人に会いにいこうと思う。
その友人とは楊修というツンデレさんである。いや、クーデレか。
何にせよ、私はこの楊修という男を気に入っているのだ。気が合うんだよね。同じく友人である欧陽玉をからかうということに関しては。
私と楊修と欧陽玉は何故かよく一緒に居た。玉はプライドが高いから、あっちこっちに喧嘩を売っていたので、私たちが何かとフォローしてやったのだ。でなければ、今頃玉は工部侍郎なんてやっていないだろう。
玉は私たちより一足先に工部侍郎になった。本当は楊修も同じ時期(いや確かちょっと早いくらいだったと思う)に吏部侍郎のオファーがあったのだが、何故か楊修は断って李絳攸にその地位を譲ってしまったのだ。だからといって、私は別に下官であることを止めるつもりはなかった。二人の有能さを認められたことに喜びはしたが、自分がその地位に行きたいとは思わなかった。やはり転生しても性転換してもニート気質は抜けなかったのだ。働いたら負けだと思っていたあの頃に比べれば、大分アクティブにはなっている。
私たちはとにかくマイペースだった。我が道を突き進み、自分のやりたいことをやった。そんな自由人な私たちだからこそ、ずっと友人で有り続けた。
自由だからと言って、別に協調しない訳ではないのだ。自由で有ることと、自分勝手であることは本質から違うのだ。
私たちはそれをきっちりと理解していた。だから私は放蕩息子と呼ばれても、やらなければならないことだけはやってきた。楊修も欧陽玉も偉い分だけやらなければならないことが人よりも多かったが、それでも二人は物ともせずに乗り越えてきた。
走馬灯のように、今まで三人で過ごした時が思い起こされる。それもこれも欧陽玉の所為である。
私は貴陽に戻ってきて、まず楊修の元に向かった。一言くらい言ってから行け。あーごめんごめん、忘れてた。玉には会ったのか。いんや、めんどいから会ってない。会いに行け。そんなことより泊めてよ――あれ、仕事は? 非番だ。そんな会話をして楊修の家に一泊した。翌日からはちゃんと自分の家に帰って寝た。埃だらけだった。
それから幾日かが経ち、楊修の家に泊まったことを聞き付けた欧陽玉から手紙が来たのだ。曰く、会いに来いと。めんどくさいとか文句を言いつつも、私は優しいので欧陽玉の家ではなく工部に向かった。絶対に仕事をしていると思ったからだ。そしてその時に気付くべきだったのだ。
たらたらと工部へ向かう途中で、魯尚書と会い世間話で時間を食った。昼過ぎに出たので、もうそろそろ夕方になりつつある。そんな時間になって漸く工部に着いたのだ。
そして私は客だと言うのに仕事を手伝わされた。私は工部官じゃないと言う言葉は欧陽玉を目の前にしたら消え失せた。キレていたのだ。触らぬキレている欧陽玉に祟りなしだ。これ鉄則。愚痴は「あーうんそうだねー」と受け流すこと。「聞いているんですか?」と切り返されたら「要するに工部尚書が嫌なんでしょ」と言えば「そうなんです!」と返ってくるから。欧陽玉の取説は任せろ。
そんなこんなでたらたらと仕事をやりつつ、欧陽玉と工部尚書のやり取りを聞き笑いを堪えていた。夫婦漫才か。ちなみに二人とも巧くボケとツッコミの一人二役をこなしている。流石だ。だがたまにツッコミ不在になるのがいけないな。「えっ?」「あ?」ってなって何とも居心地の悪い沈黙が訪れるから。
あー耐えられないと腹を抱えて笑い転げていたらいつのまにか紅秀麗が居た。やべ、すっかり忘れてたと我に返ったが、幸い紅秀麗は私に気付いて居ないようだし、仕事しよう。とちょっと目を離したら目の前には酒瓶の山が。個人的に呑み比べは最後の方がおいしいと思っているので、目を離したのだが――この酒瓶の数はちょっと異常だ。酒には強い(それもこれも転生したおかげなのだろう)が、これだけ呑んだと思うと気分が悪くなってくる。
紅秀麗が工部尚書に何か言っているのを右から左へと受け流し、現実逃避をしていたら走馬灯みたいになった訳である。おいこら欧陽玉、客人に仕事させておいて自分は酌かいという言葉を発することは無かった。なんか私がここに居るのがバレたらやばい気がすると、私の理性が必死に上告した為だった。
それにしても、私は帰ってもいいだろうか。工部官の仕事を何で私がやらなくちゃならないんだよ。まぁ少しくらいはと思ったのは、何も言わずに茶州に行ってしまったのはちょっと悪かったかなと思ったからで、本人は気にする様子もなく服が酒臭くなると文句を言っているから、抜けても大丈夫だろう。
物音を出来るだけ立てないように且つこそこそするのは性に合わないので堂々と出ていく。誰だよと工部官には訝しげに見られたが、にっこりと笑顔を返しておく。これぞ日本人が苦労の末身に付けた愛想笑いである。
しかし欧陽玉には見つかり呼び止められた。幸い紅秀麗は呑み比べに夢中である。
「じゃ、私はこれで」
「私の邸に泊まりなさい」
「えー何で」
「楊修のところには泊まったのに、私の邸には泊まれないのですか。どうせあなたの邸だってろくな手入れもせず埃まみれなのでしょう?」
すげぇな欧陽玉。流石私の友人だ。欧陽玉はこういうところだけ勘がいいのである。
というかこれは今流行のツンデレか? そうなのか?
流石だ欧陽玉……流行にうまく乗っている。
「それでもいいんだけどさ、あれ終わりそうなの?」
「もう呑んだくれもあの州牧も保たないでしょう。次は茅炎白酒ですから」
「じゃあ先帰ってるわ」
私は艶冶のところに行かない時は、欧陽玉か楊修の家に居ることが多かったので、場所だって知っているし両邸の家人にも顔が利くのだ。自分の家でもいいのだが、親父殿がやってくると何かと文句を言われるので、あまり家には帰らないようにしている。親父殿は公私は分ける人だから、朝廷で会っても文句を言われることはまずない。
来た時と同じようにたらたら歩きながら考えていると、もう大分時間が経ったのか、欧陽玉の軒がやってきた。早いな、こいつ。
さっさと終わらせたんだろうな、と思いつつ、路のど真ん中を歩いていたので軒が通れるように端に寄る。軒は私の目の前で止まった。
「早く乗りなさい。そんなんじゃいつまで経っても着きませんよ」
「わータマちゃん優しい」
「私は猫じゃないんです。そんなこと言っていると、金輪際あなたを泊まらせたりしませんから」
「冗談に決まってるじゃないか!」
欧陽玉や楊修と共に居るのは楽しい。友人だからというのもあるが、どうもそれだけではないような気がする。
前世女だから、おしゃれにはこだわりのある欧陽玉と気が合うのはまぁ納得出来る。でも、楊修とどうして気が合うのかと言われるとはてなを浮かべるしかない。
そして恐らく私は、私と欧陽玉と楊修の三人で居るのが一番好きなのだ。私はこの友人たちを心の底から愛している。この世界で一番に。
「玉、愛しているよ」
殴られた。





厄介な友人が居る。何でこんなに扱いづらいのだろうと常に思う。だが欧陽玉はそんな友人が好きだった。恋愛感情ではなく、人としてだ。
雲幽は官吏の一族喬家に次男として生まれた。長男は官吏になった。だが、次男の雲幽は官吏になるつもりは無かったのだ。毎日色街に通い遊び惚けて(これは今でも余り変わりはないのだが)ばかりいて、仕舞いには放蕩息子とか親の脛噛りとまで言われた。
そんな雲幽は、ある日をきっかけに色街へ行くのを控えるようになった(あくまで回数の問題である)。それは雲幽が父親に言われて官吏になるように決心した日だった。
今でも雲幽が放蕩息子であるという噂は絶えない。だが、今の雲幽は決して父親の稼いだ金で色街に通っているのではなく、自分の稼いだ金で通っているのである。
雲幽は仕事に関して決して誠実な人間では無かった。仕事はサボるし手抜きをするし、色街には7日と日を空けずに通う。だが、任された仕事は(過程や出来がどうであれ)きちんと終わらせるし、雲幽は雲幽なりの信念を持っている。仕事をやらないでサボっているどこかの尚書よりは、全然好感を持てる。
だからという訳ではないが、欧陽玉も楊修も雲幽の友人で有り続けた。政治に友情はいらないが、雲幽ならばそんなの気にすることもない。雲幽がそういう考えなのだ。だからこそ、私的に友人で有り続けるのだ。雲幽との友情は、彼が切り捨てないかぎり未来永劫続くだろう。
そう思っていたからこそ、雲幽が何も言わずに茶州に行ってしまったのはとても腹立たしかった。しかも帰ってきてまず、欧陽玉のところに来てほしかったのだ。なのにそれは楊修だったし、しかも泊まったというのだ。じゃあ翌日来るかなと思って待っていても、いつまで経っても来やしない。ぶちギレて呼び出したのに、来るのは遅いし先に帰ろうとする。
だが、そんな自由な友人だから友人をやっているのである。
だから雲幽を誤解している人たちにいってやりたい。雲幽ほど一つの物事に対して誠実な人はいない。
色街に連日のように通っている癖に、女に手を出したことはないと言う。後宮を食い荒らすどこぞの色惚け将軍よりはまともである。
何で女を抱かないのに色街へ行くのかは知らない。だが、一度だけ聞いたことがある。雲幽はただ一言「癒しが欲しい」と言った。それが真意なのかは、欧陽玉にとってはどうでもよかった。
雲幽は女に甘い。俗な言い方をすればたらしなのだろう。だが、それにも何か訳があるような気がしてならない。雲幽は真実、女心を誰よりも理解していた。
しかし欧陽玉にとってはそんなことどうでもよかった。雲幽が雲幽で有り続けるかぎり、この友情は途切れることはないだろう。
だからこそ、雲幽の真っすぐな友情の表現に照れるときもある。欧陽玉も楊修も雲幽も、恐らく誰よりも互いのことを理解していたから、雲幽が何を思いそのように言ったかは長い付き合いで割合わかるようになってきた。
「玉、愛しているよ」
そういう雲幽は、きっと欧陽玉と楊修以上に馴染めて心を開ける人が居ないのだ。
だからこそ欧陽玉は最後まで否最期まで雲幽の友人で有り続けようと思う。雲幽の親友で有りたいと思うし、その場所を誰かに譲りたいとも思わない。
中々本気を出さない雲幽が、周りの人たちに中々認められないのも歯痒い。どうしてわざわざ下馬評をほったらかしにしておくのか。しかもそれを助長させるようなことばかりする。
雲幽が本気を出せば、この国はすぐに良くなるのに。
きっと雲幽が言うには“その時ではない”のだろう。それがいつなのか、知りたい衝動に駆られる。
そんなことをしたら、もう雲幽の友人では居られないと分かっているからやらないだけなのだ。どこぞのアホんだらだったらとっくにしている。
そして雲幽の幸せを一番に願うのが自分であってほしい。






願わくば彼に未来永劫の幸せが訪れますように
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欧陽玉と楊修とは仲良し設定。
気付いたんだが、朔洵と設定が被っている……よね。
うちの次男坊は転生かつ性転換を乗り越えてきた順応性の高いアホの子ですが。
いつか二人の出会いを書いてみたい。


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