明日の月日はないものを
熱き血潮の冷えぬ間にの続き








親殺しの星。馬鹿馬鹿しいと思っていた。
実の父親など親と思ったことはないが、母親は幼い頃に死んだ。戰華に残ったのは、腐敗と汚職の頂点にいる生物学的な父親と、母の弟であり大将軍である叔父、そして数多の兄弟姉妹だけ。
王になるには、それら全てを殺さなければなれないのだと、心の中の封印したはずの泣き虫な戰華が叫ぶのだ。
だから戰華は、その日泣き虫な自分を殺した。

***

親殺しの星を背負い、実の父親に恨まれたせいで戰華は貴陽を離れる羽目になった。
幼馴染みの栗花落は付いてきてくれたが、叔父は付いて来てはくれなかった。貴陽で戰華が王になるのを待っていると、言っていた。
戰華は王位などに興味はない。親しい友人や叔父たちと平穏に暮らせれば、それで良かった。他には何も要らないと思うほどに。

「戰華……」
「なぁ、栗花落。俺は、王になるしか無いのだろうか。父を殺して、継承権を持った兄弟姉妹を殺して、血に塗れて……」
「君がその道を選ぶなら、私は付いて行くよ。君を一人にはしない」

栗花落は戰華の隣に座り込んだ。
夕日が沈むのは、貴陽の方角。美しい夕日を背にして蹲り膝に顔を埋めている戰華の隣に、夕日を眺めるようにして。

「戦おう、戰華。大将軍が望んだことだよ」
「俺が王になれば、世界は変わるだろうか……叔父上のように、有りもしない罪を着せられて死罪となるような、腐敗した世の中を変えることが出来るだろうか……」
「変えられるとか、そういうことじゃないんだよ。戰華が変えるんだ。戰華が王になって変えるんだよ!」

戰華は蚊の鳴くような声で「そうだな」と言った。
継承権なら栗花落にもある。旺家は複雑な変遷を辿ってはいるが、その身に戰華より濃い王家の血を宿しているのを栗花落は知っていた。
それでも、王は戰華しか居ないと思う。

「戰華、王になるんだ。無くしたくないなら、握ってるしかない。握り続けるには、力がないといけない。王になれば、力がないせいで失うということもなくなるんだ」
「分かってる。十分すぎるほどにな。だから、明日には父殺しの業を背負おう。それまでは、叔父の死を悼んでいたいんだ。そうしたらもう、振り返らないから……」
「……私は、君に修羅の道を行けと言うよ。その代わり、私が道標になる。君が修羅になるのなら、私が先に修羅になる。だから、君が振り返るその時まで、私が手を引いて歩き続けるよ。だから、今は」

栗花落も堪え切れなくなり、抱えた膝に顔を埋めた。
これからは泣くことは許されないのだから。

***

「力が欲しいか」

そう問う男はどこか楽しげだった。
人じゃないな、と戰華は思った。
曲がりなりにも王家の血なのか、そういうことには敏感だった。
だからこそ。

「くれるものなら、何でも貰おう。それで?お前の望みはなんだ。わざわざそんな話を持ちかけてくるということは俺が叶えられそう願いなのだろう?」
「ああ、もちろん」

男の口にした望みに、戰華は思わず声を上げて笑った。
そんな戰華を見ても、男は楽しげな様子を崩そうともしない。それが少しだけ癪にさわる。

「俺は、いずれ王になる。お前は俺を王にしてくれるのか?」
「約束しよう」
「そうか。なら今日からお前は俺の臣下だ。名は?」
「霄瑤と申します。戰華公子、私が貴方を王にして差し上げましょう」

男は婉然と笑って、臣下の礼を取った。


「戰華?」
「鬼姫、お前は家族に会いたいと思うときは無いのか」
「……あるよ。でも、戰華を王にして、全てが片付くまでは合わない。そう決めてる」
「なら、その日は来ないかもしれないな」

鬼姫は戰華の顔を見つめた。
旅をしながら、仲間を集めた。霄瑤、茶鴛洵、宋隼凱、他にもたくさんの人が協力してくれている。

「それでも、いいよ。たとえ君が王になれなくても、たとえ私の家族が残らず死んだとしても。私は戰華を選んだから此処にいる」
「……そうか」

霄と茶と宋が馬鹿やってる声が聞こえる。大方、霄と宋が揉めて、二人が茶にどっちに付くんだと迫っているのだろう。緊張感のない奴らなのに、戦になるとこれほど心強い奴らは居ないのだ。
彼らは喧嘩も多いが、その分戦での意思疎通は早い。

「王は、孤独だな」
「でも、君は独りじゃない。私も、霄殿も、みんな居るじゃないか」
「それでも、王は孤独だ。時々恨んでしまう。何故、叔父上は俺に王になれなどと……」

妖公子戰華が抱えている孤独は大きいのだろう。
その大きさと王であることの重さを知ってもなお、鬼姫は戰華に王になってほしい。

「俺は王位などに興味はない。でも、この腐った世の中だけは、滅ぼしてしまわないとな。その為に王になることが必要だと言うだけだ。それが終われば、誰が王になろうと知ったことではない」
「そうだね。……で、だ。王様になるための近道、見つけたよ。目撃情報から、羽家の若様が近くに来ているらしい。会いに行くかい?」
「羽家?あの縹門羽家か?」
「そ。その羽家」
「取り込んでおけば、何かと使えそうだな。会いに行こう」
「了解。霄殿にもそう言っておくよ」

何か考えている風だった戰華の顔が、王の顔に変わったのを見て、鬼姫は安堵する。
戰華は危うい。激情に駆られることもなく、人を殺す。そのくせ、鬼姫や叔父の為に王になろうとするのだ。
血を浴びて、その血を洗い流すことなく王の道を進む戰華。その先に見えるのは、戰華にとって光では無いのかもしれない。
だからこそ、鬼姫が手を引いてやらなくてはと思ってしまう。本当にそうするのが正しいのかと迷いながら、進み続けるのをやめられないのだ。
兄ならどうするだろうか。鬼姫は答えを出そうとして、いつも問うだけに留める。鬼姫は兄ではないのだから、兄に頼っても意味がない。捨てた家族に答えを探すなど、してはいけない。
霄のところへ向かう道すがら、考えるのは太陽のような兄のことだ。
年子のせいか、双子のように育った三番目の兄。鬼姫が戰華に付いて行くと決断するきっかけになった兄。兄との思い出は、暗闇の時代にあっても楽しいものばかりだ。
だからこそ、こんなにも兄が恋しいのだと理由を付けて、消し去るように頭を振る。


与えるか奪うかしか出来ない二人がとても似てるなんて、言えるはずがない。


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bkm
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