熱き血潮の冷えぬ間に
捏造Only!
主人公:戰華叔父
名前変換無し
睡蓮の君スピンオフ










「師!」

部下たちの野太い「大将軍!」という声は違う初々しい少年の声で呼び止められた。何事かと思い振り向いたら、昔一時期だけ剣を教えたことのある少年だった。

「君は……、旺家の三男坊か。久しいな」

思わず目元が下がる。
短い期間しか教えてないとはいえ、こうして師と慕ってくれるのは嬉しいものだ。

「お久しぶりです。師が大将軍になられたと聞いたときは驚きました。私はなんて人に師事していただいてたのだろうと」
「実力より七光りのが大きいけどね」
「しかし、それだけでは大将軍職は務まらないでしょう。それは師の実力だと思います」

真摯に見つめてくる教え子に、泣きたくなるほどくすぐったくなる。
ああ、思い出した。この子はいつもこんな眼をしていた。まっすぐと見つめて、辛いことからも眼を逸らさずにいられる強さを持っている。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。そういえば、姉君たちのことを当主殿にお悔やみ申し上げるとお伝えしておいてくれ。まさか私が遠征に行っている間に2人とも亡くなられるとは……。私は遠目にしか見たことはないが、それでもとても美しい人だったから」
「ありがとうございます。師にそう言って頂ければ、姉達も喜ぶでしょう。もしかしたら、死後にモテ期なんて遅いのよ!と怒っているかもしれませんが。本音を言えば、私は師と姉のどちらか一人がくっついてくれれば良かったと思っていましたよ」

吹っ切れたように笑う教え子。旺家の子供は皆、どこか芯が通っていて強かった。
この子も例に漏れず、辛いことがあっても、背筋を伸ばして前を見ていくことができる子なのだ。
私はそれが、とても羨ましい。

「君は、辛くないのかい」
「辛いです、師。でも私は、泣いたって死者が生き返るわけではないことも理解しているんですよ。死んでいった者の為にも、私は前を向いて歩き続けなければいけない。後ろを振り返るのは、全て終わった時と決めているんです」

大人になった、と思う。
私が教えた期間は本当に短くて、むしろこの少年から離れてからの方が長くなってしまった。
それでも、この少年は昔のまま大人になった。家族を笑顔にする自身の笑顔を、たくさんのものを失ってもなお色褪せることなく。

「師、私は進み続けます。この命が尽きるまで」
「そうだな。ならば私も君の師として、命が尽きるまで君の先を歩き続けよう」

この少年のようにまっすぐ世界を見つめることが出来たら、どんなに良いだろう。


***


私は姉の後宮入りに合わせて昇格した。後宮にはたくさんの妾妃が居たが、その中でも姉の身分は低い方だった。
それまでは羽林軍には居たものの、下っ端も下っ端だった。それまでは使われる側だったのが、使う側になった。部下が出来た。
武勲を立てれば、更に地位は上がった。
姉が子供を身籠れば、更に地位は上がった。
そうして気が付けば将軍になっていた。
世は荒れていて、汚職と冤罪がまかり通り、粛正という名を借りて無罪の人を捕らえていくたびに、私の心は固く重くなっていった。
私は、こんなことをするために羽林軍に入ったのだろうか。
罪の有るものはもちろん、罪の無いものまで上の命令に従って捕らえる。そんな日々に疲れ果てていた。仕事を投げ出して、実家に戻りたいとさえ思った。
そんな時、姉が男児を産んだ。
身内ということで、特別に後宮への出入りの許可を貰い、公子に会いに行った。

「いらっしゃい」
「姉上、お久しぶりです」

簡単に礼を済ませると、姉が寝台の上から手招きをしていた。

「寝てるわ」
「ええ、とても可愛らしい」

すやすやと眠る赤子。一目見て、この子は王になると思った。指を手に近付けると、反射的に握る赤子。まだ、この世の穢れすら知らぬ、まっさらな。

「姉上、この子の名前は?」
「まだ決めていないの。陛下からは好きにしていいと言われてしまって。この子は不吉な子なんですって」
「不吉?」
「そういう星らしいの。もう既に破滅の公子なんて呼ばれてるわ……。可哀想に」
「姉上、なら私が名付けてもよろしいでしょうか……」
「ええ、そうしてくれると助かるわ。貴方ならきっと良い名前を考えてくれるわね」

そうして私は生まれた赤子に戰華と名付けた。この悪の時代を滅ぼし、王となるように。華のように咲き誇る王となるように。
それから暫くして、私は色々な貴族の子弟に剣術を教え始めた。戰華が強くなれるように。戰華が強くなりたいと願った時に教えられるように。
それが私が朝廷に残る理由になった。


***


「セン……、泣いてばかり、では、ダメですよ……」
「ははうえぇ……!」

姉が亡くなった。いや、殺されたのだ。食事に毒が混ぜられていたのか、それまでは何ともなかったのにも関わらず日に日に衰弱し、息を引き取った。
戰華は泣き虫だった。
強い男になるためには、泣かない努力をしなければならないと教えても、悲しければ泣くし痛ければ泣くし悔しければ泣いた。
母親の死も、受け入れられないのか、ずっと泣いていた。
それでも剣を持たせれば、一心不乱になって振る。
それでいいのだと思った。戰華の身分は低い。だから、自分の身は自分で守らなくてはならないのだから。

「公子、落ち着きましたか」
「はい、おじうえ…」
「ではあちらの四阿で休憩しましょうか」

戰華のまだ小さな手を握る。自分はいつまでこの小さな手を守れるだろうか。

私が握る手は、次第に大きくなった。手のひらにすら収まる大きさだった手が、しっかりと私の手を握り返すようになった。
それと同時に、友人も得たようだった。歳の近い貴族の娘。幼さゆえか、互いには恋愛感情など一切ない、純粋な友人関係。
そんな友人を作れたことに安堵した。
随分男勝りな娘のようで、剣を教えて欲しいと頼み込まれ、戰華とともに剣を教えた。
泣き虫だった戰華も、友人を得たせいか、悪餓鬼に育った。我が家の性格ではないから、王家の性格なのだろうか。
泣かなくなった戰華は強くなった。
私も大将軍に任ぜられた。
でも、そうして剣を教えてやれるのも長くはなかった。

「戰華を、殺す?」
「赤い星が益々輝きを増している。戰華公子の星だ。仙洞省はこれを憂いて陛下に進言したそうだよ。殺すべきだ、とね」
「そんな……!」
「まだ正式な通達が出たわけではない。だが、余り日にちもないだろう。早々に腹を括っておけ」

同僚である左羽林軍大将軍にそう言われ、私は戰華を逃がすことにした。
バレればタダでは済まないだろうことなど百も承知だ。
けれど、戰華は王なのだ。
ここで呆気なく処刑されて良い訳がない。
姉が亡くなってから、何年ぶりかに実家に連絡を取った。戰華にも話をした。戰華の友人に話すかどうかは、戰華に任せた。

「君が付いて行ってくれるんだね」
「はい。戰華を守りたいんです」
「叔父上は、どうするんだ……?」
「私は朝廷に残ります。貴方の帰りを待って居りますから、貴方は王として、貴陽に戻ってきてください」

そう言って、私は幼い手を離した。


***


「貴様は謀反を起こそうとしたのだ。だから捕らえられた。分かるな?」
「ええ、分かっています。まさか貴方が直々に捕らえに来るとは、思っていませんでしたがね」

手を後手に縛られる。口には猿轡をされた。頭には布袋が掛けられた。歩かせる為に、脚は縛らない。
こうなることを予想していた。
私を追い落としたい同僚が、裏でコソコソやっているのを、知らなかったわけじゃない。
姉の忘れ形見である戰華とその友人には文を出してあるから、心配要らないだろう。
謀反という大罪のせいか、取り調べは殆ど無く、1日ほど牢屋に入れられた。
その間に、昔の教え子たちが何人も来てくれた。取り調べをキチンと行うように掛け合ってくれた者も居た。そうしてやって来てくれた中には、旺家の三男坊の姿は無かった。
それだけが、少し残念だなと思う。
やって来れるはずはないのだ。旺家は一族を連れて戦の最中。この戦は三男坊の初陣なのだから。
最期に、あのまっすぐな眼を見て、戰華を託したかったと思う。
結局どうしようもないまま、夜が明けて牢から出された。

「何か言い残すことをあるか?」
「……いいえ、何も」

私は、戰華、貴方を王に……



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