つないだ手のぬくもりは幸せを与えてくれる

「柚梨さん、龍山へお散歩に行きましょう?」

朝のことである。有無を言わさぬ笑顔で、名前が言った。
それもこれも公休日にまで残した仕事を片付けるために出仕したり、帰ったら帰ったで持ち帰った仕事を消化していて、妻子を全然構ってやれてない自分のせいだということは重々承知である。
もはや疑問系ではない問い掛けに頷くと、家人がささっとお弁当を持って来た。

「お仕事も一段落ついたでしょ?今日は張り切ってお弁当を作っちゃった」
「ありがとうございます」

照れて笑う名前が可愛くて思わず抱き寄せると、名前もぎゅっと抱きしめてくれる。
そんな些細なことで、仕事の疲れが吹っ飛んでしまう。

「名前、半刻ください。仕事を片付けてくるので、そしたら二人でゆっくり散歩しましょう」
「もうっ!半刻だけしか待たないよ?少しでも遅れたら一人で行っちゃうから!」
「ええ、すぐ終わらせてきます」

そう言って名前を離すと、名前はパッと駆けて室を出て行った。息子は勉強がある。家人にしっかり勉強させるように言いに行ったのだろう。
今度は、家族三人で行きたい。


***


手を繋いでは居るが、名前に引っ張られながら山道を歩いた。途中名前は何度か振り返って、「この植物はなに?」と聞いてきた。
お弁当やら敷き布やらを持った家人は先に行ってくれているが、ちょこちょこ立ち止まる名前と一緒なのでだいぶ遅れてしまった。残っているのは護衛の家人が一人と、名前の侍女が一人。
二人からの視線は、何故か微笑ましいものを見るかのようだった。

「柚梨さん、この花の花言葉知ってる?」
「桔梗ですね。たしか誠実や従順でしたか?」
「そう。あとね、変わらぬ愛って意味もあるの。桔梗って、柚梨さんみたいだなぁって」

無邪気な笑顔で可愛らしいことを言う名前に、思わず顔を空いている手で覆った。名前は本当に不意を突くのが得意らしい。
繋がれた手に少し力が入った。可愛らしい妻を持つと、自制が大変なのだ。

「じゃあ、名前は金木犀ですね」
「え、金木犀?私そんなに謙虚かなぁ」
「どちらかというと図々しいですね」
「そうかもしれないけど、ちょっと言い過ぎじゃない?」

少し人見知りはするが、それも愛想笑いを浮かべて始終頷いている程度で、本当の名前はもっと明るく華やかな女性である。
慣れてしまえば、浮かべるのは楚々とした笑顔ではなく、幼い大輪の花のような笑顔である。
歳を経ても尚、幼子のような笑顔を見せる。

「名前」
「なぁに、柚梨さん」
「そんなに私を陶酔させて、どうするつもりですか?」
「えっ、そういうこと!?」

名前は柚梨さん狡いすごく恥ずかしい、と顔を腕で隠してしまった。
自覚しているが、自分は名前に滅法弱い。
何があっても付いてきてほしいとは言ってあり、後々関白宣言だと気が付いたが、清廉潔白なだけでは生きづらい世界で仕事をしているのは事実なだけ、名前には頭が上がらない。
そして、こういう可愛さも。ついつい名前に甘くなってしまう原因の一つだ。

「柚梨さんって唐突にそういうこと言うよね!?雰囲気とか無いんだもん!」
「そうですか?」
「そうなの!女の子は雰囲気とか大切にするの!」

顔を真っ赤にして涙目で言われても、ただの強がりにしか聞こえないというのに。それほどまでに恥ずかしかったのか、本当に可愛らしい。

「旦那様、奥様。そろそろ昼どきです。先に行かせた者も今ごろ腹を空かせて待っておりますよ」

苦笑を浮かべた家人がそう言うので、急いで山を登った。
相変わらず手を繋いだままだが、拗ねてしまったようで、ずっと顔を背けたままだ。
顔を背けていても、赤くなった耳は隠せていないのが、またなんとも愛らしかった。



つないだ手のぬくもりは幸せを与えてくれる


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