くたばれクソ尚書!!

「いらっしゃいませ、修さん、玉さん」
「君たちの邸みたく広くはありませんが、ゆっくりしていってくださいね」

仏のような笑みを浮かべる夫妻に、似たもの夫婦とはこのことだなと楊修は思った。
こうやって景侍郎の邸に招待されることは少なくない。昔から何かと楊修と玉を気遣ってくれる景侍郎に、今日もこうして息抜きがてら奥方やご子息の話し相手に呼ばれるのだ。
応接用の部屋に通されて、景侍郎の奥方である名前様の「今日は是非泊まっていってくださいね」という言葉に楊修は頷いた。玉は「そうさせていただきます」と横柄に答えて椅子に腰掛けた。
楊修もそれに続いて椅子に腰を下ろす。遠慮も無しに早速寛ぎ始めた玉を見ると、心なしか口角が上がっている。いつも澄ました顔をしているか眉間に皺を寄せているかなので、玉もこうやって気にかけてもらえるのは嬉しいのだろう。
景侍郎はにっこりと笑って「今お茶を用意させますね」と言った。

「景侍郎もお忙しいのに、いつも呼んでいただいてありがとうございます」
「気にしないでください。私がお二人とゆっくりお話したいだけなのです」
「もうっ、私の為じゃないの?柚梨さんばっかりずるいって話してたんです。そしたら二人とも侍郎への昇進の話が来ているって聞いたものだから、お祝いも兼ねてお食事でもどうかしら?って話し合ったんです」

まだ決まったというわけでもないのに、我が事のように喜んでいる二人に何だか気恥ずかしくなり、丁度よく運ばれたお茶を啜った。
玉も神妙な面持ちで頷いている。

「景侍郎、そのことで少し相談があるのですが」
「私でお役に立てるなら」
「込み入った話は食事の後にしませんか?食事の準備が出来たそうなので」

室で勉強していたというご子息を交えた食事は豪勢だった。名前様の故郷の菜が多く、見たこともないような菜ばかりで、味も今まで食べたどの菜にも似ているようで似ていない、不思議な味だった。
景侍郎とその奥方名前様は、大恋愛の末に結ばれた。
異国の地から拉致されて黄州へとやって来た名前様は、そこで拉致犯の手を逃れ景侍郎と出会った。異国から拉致されて来たため、言葉も分からなければ当然戸籍も無い。
景侍郎が、言葉が分かるようになるまで保護し、熱心に読み書きを教え、ようやく役所との話し合いの末戸籍を作り結婚したらしい。
景侍郎が官吏になる以前の話だと聞き及んでいる。
食事が終わると、名前様は「込み入った話は私が居ると出来ないでしょうから、室に戻ります」と言って出て行ってしまった。
室を景侍郎の私室へと移し、楊修はようやく悩みを打ち明けることが出来た。


***


「昨日は随分と遅くまで起きてたみたいですね」

呆れたように肩を竦めて言う名前様に、楊修は頭が上がらない。
公休日だが各々仕事があるため、出仕の準備をしているたところに名前様がやってきたのだ。その手に大きな重箱を二つ持って。
ただ、玉は仕度が長いため早くに寝て、早朝には自宅へと帰ってしまった。

「冷めても大丈夫なものしか詰めてないので、あまり口には合わないかもしれないけど、もし良かったら食べてください。玉さんにもお渡し出来ればよかったのだけど」
「名前、私の分は……」
「柚梨さんの分もちゃんと作ってありますよ。奇人さんと食べてくださいね」

景侍郎夫婦の仲の良さは、余りこの国の貴族の夫婦では見慣れないものだ。景侍郎はそもそも平民の出身だからか、それとも奥方が異国の出身だからなのか、或いはどちらもなのか。
貴族の女性だと言われてもおかしくないほどの教養も気品もある名前様だが、その雰囲気はどこか気安いのだ。
景侍郎邸のどこか長閑な時間の流れが、楊修は心地良い。
ーー外の惨状を忘れてしまえるほどには。

「名前は今日も出掛けますか?」
「はい。全商連の方とお会いする予定です」

名前様は異国の知識を閉ざしておくような方ではなく、積極的に教えている。それは街の商店だったり、全商連だったり、時には朝廷からも人が来るという。
元々彩雲国は閉鎖的な国なので、異国の物や知識というのはとても珍しい。名前様自身は貴族などではなく、平民として暮らしていたそうだが、計算の速さや法律に関する知識は彩雲国の平民の比ではない。
景侍郎ですら、行き詰まった時には名前様の一言で出口が見えると言うのだから。
名前様は価値のある方だが、それにしては護衛も付けずに出歩かれるので、景侍郎だけではなく楊修までひやひやしてしまう。

「行ってらっしゃい」
「ええ、行ってきます」

仕度を終えて、出仕する景侍郎と楊修を見送りに来た名前様は、サッと景侍郎の頬に口付けた。これも異国の文化なのだろうとは思いつつ、楊修はなぜかいつも恥ずかしくなってしまう。

「修さんも、行ってらっしゃいませ」
「はい、行ってきます」

楊修とそれほど歳も変わらないはずなのに、どこか歳不相応に大人びた名前様はにっこりと笑って送り出してくれる。
その暖かさは、いつ来ても変わることはなくて、楊修は休日の出仕だと言うのにも関わらず、心が晴れやかになるのだ。

「おい楊修、なんだこの予算は!こんなみみっちい予算で仕事が出来ると思ってるのか!!」

それも、普段は影すら見せない公休日にひょっこり出仕して、ひっ散らかすだけひっ散らかして帰っていく上司のおかげで台無しとなったが。


くたばれクソ尚書!!


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