儚くなる恋

「桜が、綺麗ですね」

その少女はいつも笑っていた。
風の狼に属していながらも、常に。

「ほら、見てください。陛下も姫も、みんな笑ってます。きっとこれからは、平和になるんですよね!」

誰よりも笑顔を望んでいた少女。自分が殺した、少女。
そもそも、あんな任務に着かせなければ、彼女は死ぬことはなかったはずだ。それを命令したのは、他でもない自分。
彼女の笑顔を思い出すたびに、彼女はどんな気持ちだったのだろうかと考えてしまう。

***

「戰華ぁ、お茶持ってきたよ」

私、名前は後宮で女官をやっている。
もちろん我儘殺戮王で蒼玄王の再来とか呼ばれている戰華付きの女官である。
こうみえても、紅家の長姫なので、幼い頃玉環様と入れ替わりで後宮に放り込まれて以来、鬼姫と戰華は私の幼なじみ。
そして、私は風の狼の一員「春桜」でもある。戰華が貴陽を出て各地で仲間を集めている間も、私は貴陽に残り、各方面との連絡係をしていた。その隠密性を買われてのことである。

「やぁ、名前」
「あ、姫もきてたの。よかったぁ、湯呑み3つ持ってきて」
「遅い。何分待たせる気だ」
「戰華、私はこれでも女官ですから。急ぐにも限度があります」
「そうだよ、戰華。私のかわいい妹をいじめないでくれ」

姫がそういうと、渋々戰華も引き下がる。姫には滅法弱い戰華だ。力の強い姉をもった弟のよう口ごもる戰華に私は思わず笑ってしまう。
姫は私のことを本当の妹のように可愛がってくれる。私も、本当の姉をもったようで、嬉しいのだ。私は一人っ子だったから。
――でももうきっと、兄弟の一人や二人、出来ているだろうけれど。

「そういえば、最近どうだ?」
「紅家?まぁ玉環様がいるし、時間の問題じゃない?」
「名前、本当にいいの?仮にも自分の家なのに」

鬼姫が心配して声をかけてくれる。姫の心配はありがたいが、心配は私自身驚くほど心配されるような事情ではない。もとより、幼少の頃から後宮にいて、紅家で過ごした記憶などほんの少ししかない。いまだ、家族といわれてもピンと来ないくらいだ。
だからかもしれないが、あまり助けたいとは思わなかった。

「でも戰華。まだ時期じゃない。行くときは私が行くから」

とたん、鬼姫が泣きそうな顔をした。理由はわかっている。彼女は、誰よりも平和が大好きで、ひとが好きなのだ。いつも仕事の後、泣いているのを知っている。だから、仕事は非情に冷酷にこなしても、人としての心は少しずつ傷ついていく。
鬼姫は友人でもあるけど、黒狼でもある。戰華の命令があったら、それを最優先するしかないのだ。
だから、私が行くのだ。少しでも鬼姫が傷つかなくて済むように。

「名前は、強いよ」
「姫だって、強い」

私のまわりにいる人は皆強い。心も、体も。そう、強くないと生き残れなかったのだ。
でもそれは、傷つかないことと同義ではない。どんなに強くたって傷はつく。どんなにその人の基礎能力や治癒能力が高くたって、傷つかないわけではないのだ。
「名前は弱いだろ」と言っている戰華を軽く黙らせ、眼を瞑った。
そして大きく、深呼吸をして。
――私は、大丈夫。
だから風に乗せるように口を動かす。声が出ているのか、自分ですら分からないような呟きだけれど。一番好きな人にこの気持ちは届かないのなら、言葉くらい届いてくれたっていいじゃないか。
だって、彼はこの国のことしか考えてない。でも、そうやってひたむきに戰華を通してこの国を見つめる彼に、どうしようもなく惹かれたのだ。

「姫、戰華。もうそろそろ仕事でしょう?」
「少しくらいサボっても大丈夫なの!」
「霄あたりがやっておいてくれるだろ」

ああ、心配してくれているのだろうな。何故だかは分からないが、二人は鋭い。私が本当の心を幾重に覆っても、それをいとも簡単にびりびりと破って中の私を見つけ出してしまう。そして私はそれが不快ではないのだ。
私の本当を簡単に見つけて真綿でくるんでくれる二人が、私は大切なのだ。胸を張って好きだと言えるほど。
でも、それ以上に厄介な人を好きになってしまった。
だから本気の恋にしちゃいけない。
儚くなる恋


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -