二話


今日は調子が良い。
なんて、調子に乗って庭園を散歩していたら、日々の運動不足のせいか熱が出て来たようで、歩けないほどの頭痛が襲ってきた。
ふらふらと四阿まで辿り着き、休んでいるうちにだいぶ良くなってきたはいいものの、室まで戻る気力もない。けれど、このままここに居ても更に体調を崩してしまうかもしれない。
龍蓮とは、便利なものではない。
背負わなくて良いものまで背負わされた、生贄だ。人身御供と何が違う。
それでも、龍蓮にならなければ名前は生きられなかった。名前が生きるためには龍蓮になるしかなかったのだ。
名前は生きるために、名前を捨てて龍蓮になった。背負わなくても良いものまで背負う羽目になってしまった。
龍蓮という名との付き合いも二十年。この二十年間で世の情勢は水面下でドンドン悪くなった。
藍家が生き残るための龍蓮である。本来なら、凡庸な名前が龍蓮になることはなかっただろう。だからこそ、名前は龍蓮として認められるために、やれるだけのことをやってきた。
龍蓮を継承した者の殆どが当主になっている。名前も次代の当主として、認められるように努力はしてきたつもりだ。
それでも、体調が付いていかない。寝てばかりで役目を果たしているのかと言う者もいる。

「貴方は、どうして私を選んでくれたのかな……」

口さがない言葉を言われても、名前は生きていたいと思う。
失われるはずの命をこの世に引き止めてくれた、その人のために。色んな世界を見せてあげたい。色んな世界を見たい。国中を巡って、名産品を食べて、木の下で眠ったり、現地の人と話したり、そんな些細なことをしてみたい。

「ねぇ、いつか貴方は、名前を教えてくれるのかな……」

二人で巡りたい。一人ではなく隣を歩きたい。二十年、共に過ごした半身よ。どうか、私にその顔を見せて欲しい。泣いたり笑ったり怒ったり、君と感情を共有したい。
名前がそんなことを望んでも良いような人ではないけど。

「貴方は、大層な……美丈夫なのだろうな……。雲上人は大層、美しいという噂だから……」

返事のない独り言はとても寂しいけれど、眠りの片隅で耳を傾けてくれていたら嬉しい。
四阿でうたた寝をしてしまい、翌日体調を崩して長老連中から文句を言われても、毎日が楽しくてしょうがないのだ。
――まだ、死ねない。


***

「龍蓮兄上、貴陽に行くんですよね?」
「愚兄どもが五月蝿いからな」

義兄である龍蓮は藍州で州試を受けた後、名前の元を訪れてくれた。名前は龍蓮と卓に着き、手ずから茶を淹れた。
かつてとは違い、魂が身体に馴染めば寝込むこともなく普通に生活出来た。
本当は龍蓮と共に旅に出たかったが、幼い頃病弱だったせいで過保護な実母や義兄たちの反対で、いまだに藍州から出ることは叶わなかった。
藍州の観光も十分楽しいのだが、やはり名前は龍蓮と共に旅に出たいのだ。
共に行きたいと口に出すことも出来ず不貞腐れていると、龍蓮は名前の頭をくしゃりと撫でた。

「名前も行きたいか」
「……龍蓮兄上は優しいから、それを言ったら叶えてくれるでしょう?」
「愛し子のためなら何でもしよう」
「それじゃあ、ダメなんです。自分の力で自由を勝ち取ってみせます!」

グッと眉根を寄せて拳を掲げると、龍蓮も賛同するようにぴーひょろろと龍笛を吹いた。
その音は、名前が病床で吹いていた音と少し似ている。
そのままぷぴーと吹き続ける龍蓮に文句を言いに来たのか、義兄たちが揃ってやってきた。

「龍蓮。笛を吹くのは邸を出てからにひなさい」
「しかし愚兄其ノ一其ノ二其ノ三、これは名前への愛情表現なのだ」
「雪那兄上、私は龍蓮兄上と貴陽に行きたいです」

名前の突拍子もない話に、義兄たちは口を閉ざした。切れ長の目を細めて名前を見つめてくる。
これは恐らく、探っている。名前の真意を、覚悟を。
だからこそ、名前はあと一押しとばかりに立ち上がり力説した。

「兄上、私ももう十八です。仕事をしていてもおかしくない。毎日邸に居るのでは気が詰まってしまいます。可愛い子には旅をさせよと言いますし、貴陽には楸瑛兄上も居ます。道中は龍蓮兄上も一緒ですから、万が一は起こりません。龍蓮兄上と貴陽に行かせてください」
「……藍州に居れば、藍家の庇護がある。藍州を出れば龍蓮はともかく、名前に関しては藍家は関知しないよ?それでも、龍蓮と共に行く?」
「元より私は藍家の庇護は必要としていません。体調も良くなり成人した今、藍家で雛鳥のように匿われるのは納得のいかないことです。雛鳥もいつか巣立ちます。今をその時と思って貰えませんか」

三人の義兄の口が同時に弧を描いた。

「寂しくなるねぇ」
「名前はずうっと藍家で過ごすと思ってたのに」
「楸瑛は滅多に戻ってこないし、龍蓮は貴陽に、しかも名前を連れて行ってしまうなんて」

三つの同じ顔がにこにこと笑いながら、迫ってくる。助けを求めようと龍蓮を見ると、相変わらずぴーぷーと音程の外れた曲を吹いている。
いや、そもそも自分の力で自由を勝ち取ると宣言したのだから、ここで龍蓮を頼ってはいけない。
名前は眉間に皺を寄せるように力を入れて、三人の義兄を見つめた。

「元気でね」
「君は藍家を巣立つけど」
「藍家はいつでも君の帰る場所だから」

くしゃくしゃと三つの手が同時に名前の頭を撫でた。
義兄たちの言葉の暖かさと撫でる手の温かさに、涙が溢れそうになった。泣くもんか、と必死に涙を堪えた。ここで泣けば、過保護な義兄たちは名前を旅に出してはくれないだろう。
龍蓮が一旦龍笛から口を離し「良かったな」と言ったのが、確かに聴こえた。
名前は義兄たちの優しさに精一杯答えようと、出来る限りの笑顔で頷いた。







100年を経て成す


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