五片


 旺名前は明るく爽やかな好青年である。その場を仕切るような華やかさも持ち合わせており、上に立つものとして相応しい程の鈍感さと勘の良さを持った逸材でもある。
 つまり、バカだ。
 名前は自分の生命活動を維持することに関しては、勘が冴える。むしろ外したことはないだろう。しかし、命が関わらないとなると一気に勘が鈍る。
 まだ名前が幼い時分に、山菜採りに出掛けたことがあった。名前は何羽かウサギを狩り、姉たちの山菜採りを手伝っていた。しかし、姉が少し目を離した隙に、名前はそこいらでひょこひょこ生えていたキノコを炙って食べてしまったのだ。
 大事には至らなかった。というより、生命活動の維持に関しての勘は抜群なので、毒キノコを食べたりはしなかった。いや、分類的には毒キノコなのだが。
 奴が食べたのは笑い茸だった。
 何故笑い茸。名前は、ベニテングダケなどは綺麗に避け、何故か笑い茸を食べた。せめて椎茸や舞茸にしておけよと言いたかったが、自分はその場にいなかったのだから仕方ない。
 おかげで名前は一週間笑いっぱなしになり、最後の方は「腹筋が吊る」とひぃこら笑い転げていた。
 名前は旺家の中でも一際明るく家族を照らしてくれた。よく言えば真面目、悪く言えば融通が利かないと言われる我が家には、馬鹿は新鮮だった。ブスは3日で慣れるが、馬鹿は慣れないというのは本当だと思った。


 弟が死んだ。名前のすぐ下の弟、佐は戦で命を落とした。佐の乗っていた馬が命からがら馬に乗った佐を名前の元まで届けた。残念なことに、佐は馬上で死んでしまったが、これで良かったのかもしれない。
 しかし、名前は沈んだままだ。名前は佐を守ると兄弟に、自分自身に約束した。その約束を果たすことが出来なかった名前の落ち込み具合はひどいものだった。
 名前が笑わない。それだけで家の中は太陽が沈んだようだった。
 ――そういえば、前にもこんなことがあったなぁ。
「名前」
 前にも増して鍛錬に打ち込むようになった名前に声を掛けると、名前は憮然とした表情で手を止めて、優達の持っていた茶器を奪い、お茶の準備をしてくれる。
 隣に座った名前の頭を撫でる。気まずそうに目をそらすが、嫌がっているようではなかった。
 情に熱く、素直に甘えることの出来ない2番目の弟。優達はそんな名前が可愛くて仕方ないのだ。
「優達兄上、私はもう子供ではありません」
「でも、ずっと私の弟だ」
「なるほど……」
 それで納得するのか、と優達は笑った。
「名前、人は死ぬ。遅いか早いか、その違いしかないんだよ」
「でも、長く生きれば色んなことが出来る。美味い飯をたらふく食ったり、全国津々浦々修業の旅に出たり、美しい女と閨を共にしたり、色んなことをさせてやりたかったと思ったのです」
「そうだね。名前は佐が死んで悲しいかい?」
「当たり前です!」
「私も悲しい。でも、名前が死んでも悲しいよ。負け戦と言われていた。戦うだけ無駄だ、死者を増やすだけだ、とも。だからこそ、私は名前が戦果をあげ、生きて戻って来てくれて、本当に嬉しかったんだ」
 名前の淹れてくれたお茶を飲む。ほのかな甘みと鼻を抜ける爽やかさが口に広がる。名前のようなお茶だなぁ、なんて思いながら。
「お前だけでも生きていてくれて、ありがとう」


「あにうえっ!」
 季に呼ばれて振り返る。
 鍛錬の最中だろうと構わずにやって来る弟に、名前は困った顔を作った。
「馬に乗れるようになったので、剣を教えてください」
「季には老師が付いているだろう?」
「老師は先の戦でなくなりました」
 ああ、そうか。名前は頷いた。季が師事していた老師は既に退役したが軍属の、それも将軍だった。
 父や叔父達も教えて居たのだが、旺家の者も一人二人と命を落とし、以前に増して戦に駆り出されるようになった。そのせいで季に剣を教える時間も取れなくなり、父の旧知の友である老師が教えに来ていたのだが、朝廷軍の人手不足に、退役した老師も戦に引っ張り出されたのだ。
 名前は仕方ないな、と言って笑顔を作った。
 最近は、ぽろぽろと何かが欠ける音がするのだ。以前はたまに聞こえたその音も、最近では頻度が高い。
 名前は欠けた物が戻らないということを知っている。だからこそ、大切に欠けないように守りたかった。
「兄上、早速手合わせしていただいてもよろしいですか」
 季の目はギラついていた。名前から奪える物は奪おうという向上心、そしてあわよくば打ち負かしてやろうという野心。
「ああ、手加減はしないからな」
 名前は不器用だから、手加減など出来ない。特に本物を持った時は。
 でも、今は大丈夫。名前が今握っている剣は、本物ではないから。季が死ぬことはない。
 季の剣を受け流す。季の鍛錬をたまに見たことがあったが、その時から気になっていたのは、季は力に頼っているということだ。
 剣としては上等だが、実践では使い物にならない。そんな季の剣。
 季は重心が前に移動したせいで、平衡感覚を失って池の中に落ちてしまった。
「あっ、大丈夫か!?」
 季の後を追って池に飛び込む。飛び込もうと大地を蹴ったところで、季が水面から頭を出したのが見えたが、止まることは出来ずに今度は名前が池に落ちた。
 蓮の茎を大量に引っ掛けて池からあがった焔翔な、次兄和に腹を抱えて笑われた。


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