牽制
元ネタ→いじめっ子平凡主案



鳳珠には妻がいる。特に理由や経緯があるわけでもなく、気付いたら結婚していた。
しかし、そんなある意味偶然とも呼べる結婚を、鳳珠は後悔したことは無かった。鳳珠は鳳珠なりに妻を愛していたし、妻も鳳珠を愛していたからだ。
恋の傷は未だに癒えることはないが、百合姫のことはあくまでも恋。妻がいる今なら分かるその違い。百合姫への感情は恋と呼ばれるもので、妻への感情は間違いなく愛だった。
妻――名前は、鳳珠の素顔を見ても大丈夫な人間の一人だった。名前は鳳珠の素顔を確かに綺麗だとは思うが、顔に付いてそれ以上思うことはない。どちらかと言うと、普段仮面のせいでこもってしまう鳳珠の美声や、絹のような触り心地の長い黒髪や、一日の大半を筆と過ごしている手の方が魅力的だと思うような女性だった。
名前は気になることがあった。それは、鳳珠が一日中仮面を付けていて蒸れないのかということだ。今年の夏は猛暑。人間離れした顔を持つ鳳珠だって汗くらいかくはずである。それとも木の仮面だから仮面が汗を吸ってしまうのだろうか。名前は日課である『本日の仮面選び』を行いながら夫の生態について考えた。
鳳珠の持っている仮面の種類は多い。喜怒哀楽を表してるものだったり、様子を表しているものだったり、機能性を重視しているものだったりと上げたらキリがないくらいである。
今日はどんな仮面にしようか。名前は怒っている仮面を手に取った。
最近、鳳珠は職場にやってきた紅秀とかいう侍童の話ばかりする。聞きたくないわけではないが、夫を愛している名前としてはおもしろくない。女の勘が紅秀は危険だと告げているだけに過ぎない。
紅ということは黎深の親族だろうか。ならば黎深に聞けば知っているかもしれないが、黎深の兄の関係者だったら厄介なことになる。黎深は兄に関することだけはまるで普通の人間のように馬鹿になる。その他のことにはまるで氷のように冷たい扱いをするのに。
名前にとって紅秀は面白くない存在であったが、紅家――しかも当主はあの紅黎深なのだ――を敵に回すほど愚かではない。名前は勉強は嫌いもとい苦手だったが、何故が悪知恵及び保身の為の知恵は回る厄介な人物だった。


夜、名前が叫び声や金属音に快眠を邪魔されて起きてみると、そこは戦場だった。正直どちらが敵でどちらが味方かの区別も付かない。何だこれはと鳳珠を探してみれば、離れで女と二人きりで仲良く会話しているではないか。しかも鳳珠は仮面を付けていない。ということは何だ、あの女は鳳珠の顔を見ても平気な人間だということで、しかもあの女は鳳珠を見て顔を赤くしているではないか!
許すまじ、と思ったところで名前は女の着ている衣が非常に地味だが紅色だということに気が付いた。なるほど、紅秀とあの女は年の頃も同じだということからおそらく同一人物、もしくは兄弟などの可能性が高い。名前は黎深から貴陽に黎深と邵可一家以外の紅家直系がいることは聞いていない。だとしたら、あの女は紅秀麗であり、紅秀だ。紅秀は黎深の養い子、李絳攸の紹介で戸部にやってきたと聞いた。可能性は高い。
なぜ今まで気付かなかったのか、失敗したと名前は頭を抱えた。もう少し早く気付いていれば対処のしようもあったのに。
顔の善し悪しで言ったら名前も紅秀麗もそれほど大差のあるものではない。だとしたら家柄だ。名前だってそれなりの出自だが、紅家なんかと比べられたらたまったものじゃない。紅秀麗が鳳珠の妻になりたいと望むのなら、名前などぽいと捨てられかねない。
それに、鳳珠が万更でもなさそうなのが一番許せない。鳳珠はきっと紅秀が紅秀麗だと気付いていたのだ。何たる。男ならと妥協していたが、女なら話は別だ。
だが、紅秀麗には(紅秀麗の意図に関わらず)紅黎深という強力な後ろ盾がいる。どうする。
いや、鳳珠が紅黎深から受けた心の傷は大きい、多少なら紅秀麗への攻撃も許される――わけはない。あの傍若無人俺様何様黎深様の紅黎深だ。兄一家にしかデレを見せない紅黎深は、自分のことは棚に上げて私を殺しに来るだろう。
ならば、
「ナニ他の女にデレデレしてんのよ離婚よ出ていってやる!」
名前の台詞に鳳珠は目を丸くした。デレデレした記憶なんてひとかけらもない。鳳珠は名前を愛していたから、そんなことを言われるような記憶なんてある訳ない。そういえば名前には思い込みの激しいところがあった。早く誤解を解かなければ。
内心めちゃくちゃ焦っている鳳珠を尻目に、名前は笑顔で紅秀麗に近づくと握手をした。思いっきり心(力)をこめて。そして冗談めかして「女の嫉妬は恐ろしいのよ。気を付けてね」と言った。
こそこそやるより堂々とやることを名前は選んだ。悪意はあるが、向こうに恐怖心さえ植え付けて鳳珠に近寄らなければ後はどうでもいい。
まったく、鳳珠には可愛がるのもいいが大概にしろとよく言い聞かせなければ、と名前は大きなため息をついた。啖呵をきった以上、頭を冷やすためにも今日はどこかに泊まろう。最悪実家に帰ったっていい。
最後に紅秀麗にほほ笑み、名前は離れを後にした。



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原作が手元にない状態で書くものじゃないですねやっぱり!
しかも温くなった!最初に仲良くなるとか書いたけど、相手が黎深ということを考えると最初から牽制したほうがいいかなと。というかどうどうとやる方が黎深も手出し出来ないと思う。
あん様、こんな感じでどうでしょう!?


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