好きだ。
否、違う。愛している。
それはどちらかというと、惚れるとか好きとかいう恋愛感情ではなく、家族に対する愛情のようなものだった。
もちろん恋愛感情だって含まれていたけれど、それよりももっと『家族』という意識が強かった。
「逝かないでくれ」
そんなことを言われてもなぁと言いたかったけれど、言う気力すら残されていなかった。
ああ、泣いているのだろうか。
だとしたら、目を閉じていてよかった。
あの人が泣くところなんて想像できないし、したくもない。
だってあの人が泣くとか気持ち悪いし。
「どうして私を置いていくんだ……!」
置いていくつもりなんて、更々無かったんだよ、ごめんね。
だって貴方より私の方が年下だから、私が置いていかれる方だと思っていたの。
『ごめん』
頭に直接響いた声に、私は笑いそうになった。
笑う気力は当然なかったから、内心で笑っておいた。
思うに、脳みそでエネルギーを使っているから目を開ける気力さえないのだろう。
意識して目を開けるのなんて初体験だよ。
「 」
あーあ、もう駄目だなと思ったから、何とか唇だけ動かした。
なるほど、声を出すのもエネルギーを消費するんだな。
さよならは言わなかった(まぁ声すら出ているか怪しいけど)。
「逝くな――!」
修さんの慟哭が、私を世界から隔絶した。
「ごめん。こんな結果を見るために、おまえを彩雲国にやったわけじゃないのに」
「ひょんがしおらしいとか、不気味だわあ……」
長くはなかった。
けれど、決して短くもなかった。
「出会わせてくれただけで、感謝してるよ、ひょん」
「そんな満足気な……」
ひょんは悲しそうに眉をひそめた。
こんな表情も出来るのか。
ある種のトリックスターのようなものだと思っていたけれど、違ったのだろうか。
「もう一度、挑戦させてくれ」
「いや、何をだよ」
「おまえの記憶を消して、元の世界に戻す。同じ世界でこれを行うことはタブーだが、世界が違えば許されている」
「私は、あのころの私に戻るの?」
「それはない。記憶は無くとも、心が精神が魂が覚えている。もうあのころのお前ではないだろう?」
それは何となく、分かる気がする。
「モノにだって記憶がある。お前が記憶を持って生まれたのは、前の体の記憶を移したからだ。だが、今回はそれをしない。元の世界に戻すことすら、真理に反する可能性がある」
何となく、パソコンみたいだなと思った。
ハードディスクをパソコンに繋ぐ、みたいな作業だろうか。
いや、違うな。
引っ越しみたいなものだろうか。
「お前は未だ、辛うじてこの世界と繋がっている。そして元の世界とも。だから、今の状態のまま元の世界に戻れば、お前はまた生きられる」
「――何で私にそこまでしてくれるの」
「余りの平凡さ故に非凡なお前は、いつも周りに救われている。羨ましいかぎりだよ。――目印は桜だ。忘れるな」
「目印? 何の目印……」
ぐんっと勢い良く引っ張られ、私は急速に意識を失った。
またかよ!
理由? そんなもの必要ないね
―――――――――――――――
導入的な話。
何で導入の方が後に更新されるのかというと、単純にそこまで考えてなかったから。
ぶっちゃけ本編ではこんな展開にはなりません。