葵華


「あ、秀麗様ー。はじめましてー」

「は、はじめまして…?」

っていうか、誰?

目の前にいるのは美少女。
多分同い年くらい。
髪の毛はふわふわしていて、目はぱっちり。
睫毛も長くて鼻も高い。

(画に描いたような美少女だわ。羨ましい……じゃなくてっ!)

「ねぇ、タンタン。ここって御史台よね?」

「そりゃー、そうでしょ」

じゃあ、今現在目の前でにこにこと笑っている美少女はダレ?

「あ、ご紹介遅れましたー!わたくし、名前と申しますー!いつも主人ともども、兄がお世話になっているようで…」

「し、失礼ですが、ご主人って――」

あら、と美少女――基、名前さんが目を見開く。
何をしても可愛いって犯罪だわ。
なんて思ったりした。

「皇毅様ですー。わたくしの兄、晏樹もお世話になっているようで……」

「「ええ―――!!?」」

長官、奥さんいたの!?
というより、長官が晏樹様と義兄弟――!!?

も、もしかして、長官って幼女趣味!?

「とは、申しましても、兄とは血の繋がりなど皆無なので…」

「そういえば、晏樹様って養子なのよね……?」

「はい。そうなんですー。そういえば、わたくし、きっと秀麗様が兄の思い人だと信じておりましたのに――、皇毅様も兄上も否定なさるんですー!だから真偽を確かめようとこうして――……」

ふと、一気に室内の温度が30℃下がった。
やばい、長官だ。
しかも相当怒ってるっぽい!

っていうか、さっきからタンタン静かだと思ったら、長官を呼びに行ってたのね!
しかも、私が睨んだら逃げた!
ちなみに全て心のなかだ。
声に出したら長官の人をも凍らせるような視線で殺される!

「あら、皇毅様。どうかなさったんですかー?」

名前さん!
空気読んでください!

しかもまた室内の温度が下がったー!

「来るなと言ってあっただろう」

「むー、いいじゃないですかー!わたくしだってもう子供じゃないんですよー!もう彼此27です!ー」

「「ええー!?」」

いきなり叫んでしまったためか、長官に睨まれた。
まぁ、この際そんなことどうでもいい。
今問題なのは、名前さんの歳だ。
27?全然見えない。
大目に見たって18だ。
長官、幼女趣味なんて思ってすみません!

「ほぅ、紅秀麗。カナブン御史が何をしているかと思ったら、仕事もせずに仲良くおしゃべりか。そんなに暇だったら心優しい上司が仕事をやろう」

「え、あの、ちょっと…!!」

しまった、聞こえてたのか。

「皇毅様ー。秀麗様をいじめてはいけませんー。わたくしの義姉上になる御方なのですからー!」

え、何その勘違いは!?

「だから、晏樹が紅秀麗のことを嫁にするなどありえないと言ってるだろう」

「そうですよ!私が晏樹様となんてありえませんから!」

「えー、ひどいなー」

「「「…………」」」

束の間、沈黙が落ちた。
今の声、まさか――

「あら、兄上ー。秀麗様のいるところ、兄上あり、とはこのことですねー。はい、桃ですー」

「いやー、照れるなー」

照れるのー!?
っていうか、晏樹様、空気読んで!

あ、もしかしてこの兄妹、わざと空気読まないんじゃ……!!?

「晏樹、人の妻に手を出すな」

「ひどいなー。僕達兄妹なんだよ?嫉妬かい?」

「まぁ、皇毅様が嫉妬ー?わたくし、未だかつてそんな話聞いたことございませんわー。秀麗様をめぐっての三つ巴ですねー」

「あ、晏樹様。名前さんって、いつもあんな感じなんですか?」

「うーん、まぁ、皇毅に対してはいつもあんな感じだよ」

それって嫌がらせなんじゃ……。
いや、それとも一種の愛情表現!?
いやいや、でも!

「皇毅が新人女官吏をいじめてるって言ったら名前、怒っちゃってね。『いくら皇毅様でも、女の子をいじめるなんてー』って言いだしてね。そしたら会いたいって言うし」

つまり、今ここに名前さんがいるのも、長官がいるのも、晏樹様の所為だということだ。
人騒がせすぎる!

「秀麗様、皇毅様に何かひどいことをされたら、いつでも言ってくださいねー。わたくし、困っている女の子は放っておけないですしー」

夫の前で堂々と『嫌がらせされたら言ってください』という妻は珍しいだろう。
ていうか希少価値だ。
心が広いのか狭いのか、よく分からない。

「秀麗様、どうか兄をよろしくお願いしますねー」

「僕も頑張るからー」

「晏樹様!悪乗りしないでくださいよ!!」

何、このキョウダイ。
いや、血が繋がっていないのが不思議なくらいそっくりなのよ。

「兄上、だからこれからは皇毅様に縁談を送り付けるのはやめてくださいねー。皇毅様の妻はわたくし一人で十分ですからー」

「名前……」

え、私こんなところで夫婦愛を見せ付けられるの?
っていうか、長官が夫婦愛?
似あわなさすぎて笑ってしまう。
夫婦愛?
なんだそれは。
まるで未知の、宇宙人の言語を聞いてるみたいだ。

「秀麗様ー。今度一緒に遊びに行きませんかー?」

「ええっ!いや、あの、そのお言葉はとても嬉しいんですけど――…」

「ダメですかー?秀麗様もコウ娥楼なら大丈夫と兄上が行っていましたものですからー」

コウ娥楼?
何でそんなところに遊びに行くの――!!?
しかも女の子が!

「ダメですかー?」と小さく首を傾げる名前さん。
可愛い…可愛いんだけど!

「あ、それとも甘味屋の方がよかったですかー?」

「まぁ、妓楼よりは甘味屋の方が…」

さっきから長官の視線が痛い!
何でこの凍るような視線に気付かないの!?

「では、後日時間日程ともにお知らせしますねー。それから皇毅様、秀麗様をあまりいじめないでくださいねー。兄上の大切な方はわたくしにとっても大切な方なのですからー。」

なんで長官の凍るような視線を無視できるのか、分かった気がする。

きっと、長官より名前さんの方が格上なんだわ。
長官も所詮、一人の男なのね。

「秀麗様、わたくしは秀麗様の味方ですわー」

「ありがとうございます……」

「名前、僕はー?」

「もちろん、桃と同じくらい好きですわー」

果たしてそれはどれくらい好きなんだろう。
そして長官が悉く無視されている……。
ある意味、この兄妹は最強かもしれないわ。

「皇毅様、皇毅様はこの世で一番大好きですから安心してくださいねー」

「当たり前だ。私以外の男と1秒でも一緒にいてみろ。その男は地獄を見せてやる。お前は一生外には出さないからな」

「ふふー、愛の力ですねー」

何だかよく分からない夫婦だ。
一番よく分からないのは、名前さんかもしれない。



最凶兄妹と最狂夫婦。
(わたくし、秀麗様が初めてのお友達なんですのー)
(え、そうなんですか!?)
(今までは特に必要ではありませんでしたしー。でも、皇毅様が気に掛ける方が気になってしまってー)


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