恋は向こうからやってくる


学校。それは閉塞的な空間で、学生を退屈させる。したがって、学生は外の世界に刺激を求める。彼氏彼女を作ったり、夜の街に遊びに繰り出したり、親の言いなりにはならないぞ、とアピールするかのように非行を繰り返す。
私はそんな同年代の若者が嫌いだった。前世の記憶があるからか、同年代とはいえ、心の中では年下なのだ。年下のそういう行動を見てると、とても居たたまれない気持ちになる。
だから私は早く卒業したかった。

「春子、現実逃避してるんじゃないよ」

「だって、だってこんな点数……!」

目の前にはテストの答案が束になって置いてある。上から1と0が無数に続いているが、途中で9と8が出てくる。ショックだった。今まで首位独占というか、99以下は取った事はなかったのに。
慰めてくれる友人の答案をちらり、と見ると、友人はその教科だけ満点だった。いやな友達だ。

「あーあ、今回も春子に負けちゃったか」

悔しそうに呟く彼女に、悪い気持ちになる。私は一回勉強しているのだ。できて当然、と考えれば、私より彼女の方が頭はいいのだろう。
彼女は私の次に頭がいい、と言われているのだ。出会いはテストの成績が貼ってある掲示板の前だ。入学して最初のテストだからか、掲示板の前には人集りが出来ていた。身長が低くてもみくちゃにされていた私は、めんどくさくなって人が居なくなるまで待っていようと人だかりを出た。その時、彼女も人が空くのを待っていた。入学したばかりで友達も居なかったから、積極的に話し掛けて今に至る。

「出会ったときから思っていることだけど、春子ってこと勉強に関しては五月蝿いわよね」

「え、そう? そんなことないと思うけどなあ」

「嘘よ。春子ってば入って最初のテストで満点じゃなかったこと、今でも悔しいでしょ?」

彼女の的確な言葉に、私は思わず詰まってしまった。確かに私は今でもあの事を悔やんでいる。たった1点だが、私には大事だった。だが、それも今回のテストで少し薄れた。今回のテストが今までで一番悪かったからだ。
たかが2点、されど2点。

「本当、勉強が趣味みたいね」

「そんなことないよ。ただいい点を取っていないと辞めさせられるから」

それは母親との約束だった。いい点を取れないようなら止めろ、と言われていた。私の母親は、所謂教育ママというやつだ。まあ、私の性格からも、狙うなら首位だった。母親の言い付けを守る意味もあったが、(精神的に)年上の威厳を保つ意味もあった。

「春子んちも大変ねぇ」

「そんなことないよ。高校に通わせてもらってるんだから」

殊勝ねぇ、と彼女は呟いた。そんなでもないんだけどね、と笑いかける。本当に、大変でも何でもないのだ。いわれたことをやるのは、自分で考えて行動するよりも遥かに楽だ。そして断然と心の負担も軽い。親の前では首を振っているだけでいいのだから。
そうして私は逃げてきた。自分を省みることから、考えることから逃げてきたのだ。だから勉強が好きだった。答えはいつも一つしかない。そんな確かな世界が好きだった。常に絶対で、不確かな物などない。だから数学や理科が好きだった。

「春子、春子ってば!」

「ん、どうしたの」

「校門のところに外人みたいな美男子がいるって」

美男子、ときいて、まず思い浮かんだのは昨日の美人さんだった。今日の4時に待ち合わせした、彼の人。

「春子、見に行ってみようよ」

「え、じゃあもう帰るから、支度してから行こうよ」

それもそうね、と彼女は自分の席を立ってロッカーに荷物を取りに行った。私も支度をしなければ、と立ち上がる。階下からきゃあきゃあ、と叫び声が聞こえてくるのは恐らく、その美男子のことだろう。
よし、じゃあ行きますか、と彼女は私を振り向いた。いつの間に用意したのか、その手には鞄が握られている。マイペースな友人だ。私も鞄を掴んで立ち上がった。

「あらあら、すごい」

彼女は感心したように言った。目の前には黒山の人集り。彼女がそう言いたくなるのも分かる。

「飢えた獣みたい」

「やあね、春子。女学校なんて男の人との出会いがないのだから、飢えたって仕方がないわ」

件の美男子は見えないわねぇ、と彼女は言う。確かに見えないが、その美男子の物であろう声は聞こえてきた。正確には聞き取れないが、女学生の叫び声に交じって、男性の低い声が聞こえたから間違いはないだろう。
女学生が道を塞いでいるため、外に出ることも出来ない。

「こんな時は“お姉様”の出番ね」

「え、私がやるの!?」

めんどくさい。果てしなくめんどくさい。女学生は世界で一番と言ってもいいほど、怖いもの知らずの人たちなのに、そんな中に突っ込んでいけというのか。酷い、余りにも酷すぎる。血も涙もないじゃないか。
何で私がそんな役をやらなければいけないのだ。それを言うなら隣に立っている彼女だって、後輩たちに大人気だ。

「私よりは春子のほうが認知度は高いじゃない。だから、春子がやるべきなのよ」

「それって体よく私に押しつけてるだけでしょ」

あ、分かった?と悪怯れもなく笑う彼女に、私は大きな脱力感に襲われた。彼女はいつでもそうだった。明朗闊達、天真爛漫、そんな言葉が誰よりも似合う。私は、それが羨ましかったのかもしれない。

「分かった、やればいいんでしょ、やれば」

そういって表情を引き締める。無理矢理無表情を作り出すのだって大変なのだ。

「貴方たち、何をやっているの?」

「あ、水崎先輩! 部外者が居るって聞いて――」

私が問い掛けると、後輩たちは慌てたように道を開けた。すると、一番近くにいた後輩が、言い訳をするようにぼそぼそと喋りだした。他の方々の迷惑になるから止めなさい、と注意をすると彼女達は皆俯いてしまった。

「春ちゃんじゃないか! 探したぞ。君を迎えに来たんだ!」

割り込むようにして、男性の声が入った。なんとなく、予感としてもしかしたらとは思っていたけれど、本当に彼だとは思っていなかった。隣で(私の後輩に対する態度を見て)大爆笑していた友人も訝しげに見てくる。
榎木津さんだ。間違いなく榎木津さんである。何で来たのか、頭にゴーグルを付けている。ファッションだろうか。

「榎木津さん、約束まではまだ少しありますが」

「春ちゃんを迎えに行った方が早いと思ってね」

榎木津さんはにっこりと笑った。きゃあ、と周りにいた女の子達は叫び声をあげた。まあ、確かに榎木津さんの微笑みには女の子達を卒倒させる威力はいると思うけれど。私の前世だって、こんな美人にはお会いしたことがない。だから、女の子達が騒ぐのは分かるのだけど。

「貴方たちはもう帰りなさい。下校時刻も迫っているわ」

「春先輩、この方とはどういう関係なんですか?」

「父の友人よ。さあ、帰りなさい。あまり遅くなるとご両親も心配なさるわ。寄り道はしてはいけないわよ」

言い寄ってくる後輩を適当にあしらう。榎木津さんを見ると、友人である少女と話していた。余計なことは話していないといいけど、と思いながら、二人のもとへ走る。

「榎木津さん」

「あら、春子。私は無視?」

「無視も何もしてないよ。榎木津さん、この子は放っておいて、さっさと用事を済ませましょう」

咄嗟に榎木津さんの手をつかむ。くすくすと彼女の笑う声が聞こえたが、振り返る事なく榎木津さんを連れ出した。







(恋は向こうからやってくる)


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