歪みとティータイム

「ひずみ?」
「そう! ちょっとしたことでいろんなものがどんどんズレていくというか、些細なことが後々に影響してくるというか……」

分かるでしょと言われて、少し考えた末に頷いた。
確かに、地震で考えると、プレートの沈み込みによって起きるひずみが、何年も何十年もかけて溜まると、ひずみに耐えられなくなりプレートが跳ね上がって地震になる。
少しの嫌なことや言い合いが、何日も続くことによって、溜まっていくモノがある。それはある日限界を迎えて、抑えつけられていたものが爆発する。
コップに水を注ぎ続ければ、いつかは溢れる。そう考えると、人の心はアレルギーや花粉症みたいなものだ。
ジョークのつもりで那三重にそう云うと、那三重はなぜか怒った。もっと叙情的な言い方はないのかと怒っていたが、それはそれで分かりにくいと怒るのだろうから、聞き流しておいた。

「で、何かあったの? 那三重がそんなこと云うなんて珍しいじゃない」
「……そんなこと、ただ喧嘩しちゃっただけよ」
「おじ様と?」
「ええ、慰めてもらおうと彼のところに行ったら、彼もお父様の云い分が正しいって云うのよ。だから爆発しちゃって」
「それこそ珍しいわね。どんなことで喧嘩したの?」

春子が訊ねると那三重は苦虫を噛み潰したような顔をして黙ってしまった。
そもそも那三重はさっぱりとした性格で、誰かと喧嘩してもその不満を他の人に出すことはない。
不機嫌な態度を関係のない人の前ですることは余りないし、よっぽど頭に来ても、誰かに聞いてもらえばすっきりしてしまうような子だ。
その那三重が婚約者のところに慰めてもらいに行ったというのは、とてつもなく頭に来たのだろう。

「那三重?」
「春子、貴方だから云うわ」
「うん」
「私、大学への進学を考えているの」
「それで云い合いに?」
「まぁね。彼を支えたいと思ったのよ。でも、お父様は分かってくれない」

なるほど、那三重の父親は那三重を可愛がっているが、女の子は早く家庭に入って夫を支えるべきといった考えの持ち主だ。
この時代はこういう考え人の方が圧倒的に多い。リアル寺内貫太郎がごろごろ居る時代だからだ。

「もっと英語を勉強したいの」
「なら、何度でもおじ様を説得しなきゃ」
「うん、そうだよね。一回駄目って云われて諦めるくらいじゃ、そんなの本当の思いじゃないよね」
「頑張って。泣きたいときはいつでも胸を貸してあげる」
「彼より春子の方が断然男前ね」
「嬉しくない……」

慰めなきゃよかったかなとこぼすと、那三重は慌てた振りをして謝ってきた。
冗談だよと云えば、那三重に知ってると返されて、二人で顔を見合わせて笑った。
那三重は元気を取り戻したようだった。




世界は一つじゃない。幾つもの世界が時に重なり、時に引っ張り合い、時に圧縮しあったりしているのだとしたら。
世界が伸びたり縮んだりするのなら、そこにひずみが溜まる。そしていつかは破断する。世界と世界の間が、刹那無くなって、二つの世界は一つになる。

「春ちゃん、お帰り」
「ただ今帰りました、礼二郎さん」

偶然、その一瞬にも満たない時間に此方から彼方に渡ってしまったのなら、どうなるのだろう。
世界は大きい。たかが違う世界の人間が迷い込んだところで、どれほどの影響を与えるのだろうか。
私には検討もつかないが、恐らく影響を与えたとして微々たるものだろう。人にとっては何千何万の影響になったとして、それが世界というとても大きなものになったら、とても小さいだろう。

「そろそろお茶が入るから座りなさい」
「ありがとうございます」

考える度に頭が痛くなる。
何が正しいのか、何が正しくないのか。きちんと取捨選択をして、整理しなければならない。
色んなことを経験して、新たな考え方に気付かされる。そうすると、その筋道が正しいような気がしてくる。出てきた矛盾は見ない振りをして。

「色々考えているみたいだね」
「……ええ、自分のやるべきことを見つけなくてはいけないような気がして」
「いいかい、春ちゃん。やるべきことがない人間など居なァい! そしてそれは自分らしく生きていれば自然と見えてくるモノだ! 猿を見てみろ、あんなに猿に似ているのだから猿は猿として生きればいいんダ! それを拒むからウジウジと悩むのだ」

分かったね、と云う礼二郎さんに、私は思わず笑った。
礼二郎さんは虐げてはいるが、関口さんのことが大好きなのだ。それが捻くれて伝わってくるものだから、何ともおかしい。

「笑ったね。春ちゃんは笑っているほうが可愛いゾ!」
「知ってます。女の子は笑顔が一番可愛いんですよ」
「そのとウり!」

わしゃわしゃと乱暴に髪を撫でられる。髪が乱れたので、仕方なく髪を解くと、三つ編みの跡が付いていた。

「お茶が入りましたよー」

安和さんがお茶を運んでくれる。
この時になって初めて気が付いたが、今日はどうやら益田さんはいないようだ。恐らく浮気調査か何かだろう。
私は出された緑茶と茶菓子の葛餅を堪能した。





歪みとティータイム
―――――――――――――――
久しぶりです。1年くらい書いてなかったです。でも楽しかったです。本編と同じ分量で書くのはとても難しいです。訳分からないかもしれないです。私もよく分かってないです。


prev next

bkm
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -