そうして二人の人生が始まる

冬の寒いある日、榎木津が帰ってくると、床にはソファーに立て掛けるようにして春子の鞄が置いてある。
鞄を置いてどこに行ったのだろう。榎木津が首を傾げていると、榎木津の寝室の扉が若干開いていることに気が付いた。
榎木津は寝室の前まで歩を進め、扉の前で一旦立ち止まってからそっと扉を開けた。
ベッドまで歩み寄れば、掛け布団の上に転がっているものが何か分からないはずが無い。制服を着たままの春子が布団も掛けずに猫のように丸くなって寝ていたのだ。
この時、これが和寅や関口だったら榎木津は問答無用に叩き起こしベッドから追い出しただろう。しかしこれが春子であるというだけで、なんともほんわかとした心持ちになるのは、また激しい感情が渦巻くのは春子が女だからというだけではなくて、榎木津にとって掛け替えのない人だからだろう。
年末に一波乱あり、それに駆り出された春子は疲れていたのだろう。何日か前から学校も始まったようだし、榎木津の寝室で布団も掛けずに寝てしまうくらいには疲れていたようだ。
出来れば起こさないでいてやりたいが、このままでは制服も皺になってしまうだろうし、風邪も引くだろう。幸い今日は金曜日だから、春子の親には連絡を入れておけば帰さなくても大丈夫だろう。

「春ちゃん、このままだと風邪を引いてしまうよ」

「ん……」

榎木津が寝台に腰掛けて、春子の頭を撫でてやると、春子は未だ眠いのかとろんと半開いた瞳で榎木津を見つめた。

「れーじろーさん?」

「制服だって皺になってしまうよ」

「んー、でも着替え持ってないよ?」

まだ寝呆けているのか、目を擦りながら半身を起こして普段よりも軽い口調で船を漕いでる春子に口付けをすれば、春子も当然のように応えてくる。

「問題ないよ」

「寝起きなのに」

「かわいいことする春子がいけないんだ」

可愛いってなんですかときょとんとした春子に、榎木津はにやりと笑って劣情の原因を教えてやった。
顔を赤くした春子が、困ったように俯くので、熱い頬に手を当てて顔がよく見えるように仰向かせると、羞恥心で潤んだ瞳が榎木津の男を刺激した。

「春子」

「は、い」

「春子、後で連絡しておくよ」

誰にとは云わなかった。賢い春子は云わなくても分かっただろう。榎木津は勝手にそう解釈して、先程まで寝ていた春子を再びベッドに戻した。制服から覗く脚がなんとも艶めかしい。これではまるで変態のようではないかと思ったが、春子を想うことに関しては確かに狂っているかもしれないので、変態と云われればそうなのだろう。

「礼二郎さん、好きです」

「僕は愛してるよ」

それからはいつもより少し熱く愛し合った。
もうすぐ名実共に春子は榎木津のものとなるわけである。今ここで据え膳を食わない男がいようか。いるとしたら不能だけだな、と榎木津は春子を抱きしめながら思った。






(そうして二人の人生が始まる)


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