バレンタインデー

「チョコ?」

「ああ!」

そうだ。
今日はバレンタインだ。
だから榎木津さんに渡すために、神保町まで来たのだから。

「ありますけど……」

「僕はチョコは食べれるぞ!」

「ええ、もそもそしてないから大丈夫だろうと思って作ってはあるんですが――」

問題は次なのだ。
チョコを作るのは上手に出来たから問題はない。
だが、それよりも根本的な部分で問題が起きたのだ。

「チョコレートが中々手に入らなくて、少ししか出来なかったんです」

「別に気にすることないじゃないか」

「でも、格好が付かないじゃないですか」

結構チョコレートは高級品だ。
この時代、テレビですら20万以上もするのだ。
そんな時代だから、安いチョコレートなど手に入らない。
私だって那三重の作ったチョコの余りを貰ってやっと作れたのだ。

「まぁ、あげますけど」

私は鞄からチョコの包みを取り出した。
ラッピングは非常に質素だ。
たまたま家にあった百貨店の包装紙を使った。
もちろん、色々と工夫はしているが、それでもやっぱり現代の華やかなラッピングを思い出すと質素なのは否めなかった。

「どうぞ」

「ありがとう」

榎木津さんはふんわりと微笑んだ。
ビスクドールのように秀麗な顔付きの為か、女の私より綺麗だ。
それってどうなんだろうか。
榎木津さんはチョコの包みを乱暴に開けると、それとは対照的に恐る恐るとチョコの箱を開けた。

「うふふ。愛が籠もっているね」

「籠めましたから」

とは云ったものの、材料一式は那三重に借りたから、そういう意味では愛は籠もっていないのかもしれない。
中身は3センチ位のハート型のチョコ4つだ。

「春ちゃん、あァん」

榎木津さんはチョコを一つ私の唇に押し付けた。
溶けないかな、と心配しつつも私は少しだけ口を開いた。

「ん、あま――」

キスか。
それが目的だったのか。
そもそも私にチョコを差し出した時点で怪しいと疑うべきだった。
榎木津さんは何時も何をしでかすか分からないから、全然不思議に思わなかった。
慣れてしまっていたのだろう。

「んっ、はァ」

呼吸をしようと口を開けた瞬間に、榎木津さんの舌が入り込んできた。
口腔内で暴れる榎木津さんの舌に、私は全身の力を奪われていく。
これが所謂腰が砕けるという奴なのか。

「んんっ」

私の足に力が入らなくなる頃、榎木津さんの腕が腰に回り、榎木津さんに引き寄せられた。
もうダメだ(色々な意味で)、と思い榎木津さんの胸を押し返す。
榎木津さんはすんなりと唇を離してくれたが、私は力が入らず榎木津さんにもたれ掛かっていた。

「え、榎木津さん……」

「まだチョコはあるぞ」

「そうは云っても、榎木津さんの為に作ってきたんですよ?私が食べたら意味ないでしょう」

腰が体の要というのは本当なんだな。
力が入らない。

「兎に角、僕の部屋に行くぞッ」

何か、嫌な予感が。

「い、嫌ですよ!」

「わはは!嫌よ嫌よも好きのうちと云うではないかッ」

「た、確かに榎木津さんの事は好きですけど――しまった、墓穴っ」

チョコと一緒においしくいただかれました。
こんな筈じゃなかったのに!






(バレンタインデーでした)


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