アンタなんか恨んでやらない
!ヒロインの前世、小沢春子視点










あえて言うなら、それは恋と似ていた。
いや、小沢春子にはよく分からないが、もしかしたら本当に恋だったのかもしれない。
小沢春子は昔から変な子だと気持ち悪がられていた。小沢春子は、未来の記憶を持っていた。
子どもの幼さ故に、天才と持て囃された時もあったが、大きくなるにつれ小沢春子は異端として扱われた。
両親は――特に母親は優しかった。小沢春子という個人のありのままを受け入れ、母親の目の前で小沢春子をなじる者には容赦無く喧嘩を売っては勝ち、必ず最後に「この子がどんな子でも、私が腹を痛めて子ですから」と言った。
優しく強く、そしてたくさんの愛情を注いでくれる母親を、小沢春子は敬愛していた。それと同時に、未来の記憶の中にいる名前も顔も知らぬ、この記憶の正式な所有者に殺意を覚えた。
しかし、小沢春子は未来の記憶にたびたび出てくる眉目秀麗で天衣無縫な青年に、恋にも似た感情を抱くようになった。
この記憶の正式な所有者はどうやら、飛び降り自殺をしたらしい。何に使うのかすら想像できないような機械がたくさん置いてある病院と、寝たきりの患者たち。最期の方の記憶はそればかりだった。
不思議なことに、飛び降り自殺をした人物は死んではいなかった。飛び降り、木々が目の前に迫ったところで場面がいきなり変わり、ただ薄暗い中で昼と夜だけを認識していた。
しかしこの記憶の持ち主は、ある時気付いたようだ。自分が今どこにいるのか、自分が何者なのかに。
この記憶の持ち主は小沢春子と同じ状況であるのに、小沢春子より巧く立ち回り、人々に疎まれることなく生きていた。
それが殺意を増長させた。
だが、それと同時に言えない辛さというのも小沢春子には分かった。この記憶の持ち主は、小沢春子より巧く立ち回ったが、本当の自分を誰にも見せることなく生きていた。孤独だと、自分は誰も信用せずに生きるのだろうか、という悲鳴のようなものが小沢春子に一気に流れ込み、気持ち悪くなって体調を崩したことが何度もあった。
小沢春子は、自分とこの記憶の持ち主はどういう関係なのだろうと思い、宗教にのめり込むようになった。他人の記憶を持っている理由を探していた。
小沢春子は宗教にのめり込む反面、内心では宗教など商売にすぎないと馬鹿にしていた。
入った宗教では理由が分からなかったと思えば、即座にやめた。そしてまた別の宗教に入った。
小沢春子はこれがどういう現象かを知りたかったわけではない。世の中には分からないことなどたくさんあるし、触れてはいけない部分というのもたくさんある。小沢春子は十分にそれを理解していた。そしておそらく、この現象が分からない・触れてはいけない現象だろうということも。
小沢春子はただ、もっともらしい理由がほしかっただけなのだ。自分が一番納得できる解答を、小沢春子は欲した。小沢春子は神の存在なんて毛程も信じていない。人知を超越した存在は、確かに在るのかもしれないが、生きていく上で小沢春子には関係なかった。
小沢春子はずっと独りで生きてきた。それはもしかしたら、未来の記憶を持っているからかもしれない。子どもの頃、冷遇されたことが要因かもしれない。
でも、あえて共に生きる人を選ぶのだとしたら、小沢春子は記憶に出てきたあの麗人が良いと思った。
幸い未来といってもそれほど遠くはなかったため、未来の記憶だと思っていたものは、現実になりはじめた。戦争が終わったことは、未来の記憶にも出てきた。そして小沢春子にも、戦争が終わった記憶がある。
小沢春子はひたすらあの麗人を探した。記憶に出てくる場所を探したりした。けれど、とうとう見つかることはなかった。
そして小沢春子はその頃に、もう少し先の未来を知ることになった。
――愕然とした。
記憶の持ち主によって、小沢春子は死の宣告をされたのだ。
理不尽だと言う思いがふつふつと沸き上がってくる。記憶の持ち主から、あの麗人を奪ってやろうと思った。結局、小沢春子には会うことは叶わなかったが。
程なく小沢春子は大病を宣告され、入院することになった。今の医療技術では、治すことは不可能だと言われ、これではあの記憶の持ち主とさほど変わらないと小沢春子は思った。
寝たきりの患者たちには、どこか記憶に重なるところがあった。
その時になって、小沢春子は人生を諦めた。あの記憶の中の麗人に憧れて、ろくに周りを見ていなかったことに、小沢春子は病床でやっと気付いた。
小沢春子は今まで独りだったのではない。それは一人だっただけで、本当はきっと多くの人たちが小沢春子に手を差し伸べていたのだ。
しかし小沢春子は気付きもしないし、気付いてもそれは同情からだと決め付け払い除けてきた。
小沢春子を一人にしたのは、小沢春子だったのだ。
小沢春子は決心した。
自分が一人なのは今更どうにもならないだろう。しかし同じように一人であろう人を小沢春子は知っていた。
償いもこめた真実を、書き記そう。小沢春子は水崎春子に手紙を書くことにした。
その時には既に小沢春子は自分の納得できる理由を見つけていた。それは絶対に真実ではないけれど、解釈の一つとして、小沢春子自身が考えたものだった。






「ねぇ、里村先生」

小沢春子は様子を見に来た里村紘市にぽつりと唐突に話し掛けた。
里村は、小沢春子をちゃんと見てくれる。
里村にとって、人とは切り刻み甲斐があるかないかで判断されるのじゃないだろうかと思ってしまうくらい、生者に関心がない。
たまに彼の琴線に触れたものだけ関心を持つのだと。小沢春子は里村の琴線には触れなかったようだが、患者と医者の良好な関係を築けている。

「私、愛している人がいるんです。でも、私とその人は今生では会えないの。来世でも、会えない。けれど、そのまた来世で私と彼は出会うんです」

「それはまた、妙な話だね」

「うん、そうなんだけど。でも、納得してるの。彼の隣に並ぶのは私では駄目だったんだわ」

小沢春子は結局、最後の最後で諦めたのだ。
小沢春子には記憶の持ち主がどういう人生を送るのか、はっきりと分かっていた。自分の記憶こそ分からなかったが、小沢春子が嫉妬したのは彼女と自分との共通点が多かったことだ。
そもそも小沢春子が彼女を来世だと断言できたのは一重に春子という名前と顔立ちだけである。
だが、そんなもの偶然だって起こり得る。
しかし彼女と小沢春子は根本的な考え方が似ていたし、そして何より彼女は自分の来世だと言う根拠のない自信があった。小沢春子が何かを感じ取ったのか、はたまた思い込みなのか、本人ですらよく分かっていない。
もしかしたら、あの麗人と結ばれたいのかもしれない。彼女は結ばれるのだから、彼女を小沢春子の来世だと考えたとき、彼女は小沢春子だと言うことになる。
そこまで考えて、小沢春子は馬鹿馬鹿しいという答えに行き着いた。
小沢春子の未来は短い。だからこんな卑屈な考えをしてしまうのだ。人はいつか死ぬ。小沢春子にとってそれが早く来ただけだ。








(アンタなんか恨んでやらない)


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