想い

伊佐間さんが好きだ。
あの雰囲気に、癒されているのだと思う。一緒に居てとても安らぐ。
ただ、イライラするときもある。
伊佐間さんは超が付くほど鈍感で、私のアプローチに全然気付いてくれないのだ。
率直に「好きです!」とか「付き合ってください!」とか云ってみたけど「うん」とか「何処に?」とかしか帰ってこなかった。
思わず地団駄を踏んだ私は悪くない。
そんな私は、今日も伊佐間さんにアタックしてます。
いさま屋ではなく、京極堂に居るという伊佐間さんを追ってきたのだ。
会えないと私の胸が苦しくなって保たないのだ。

「こんにちわー」

「あら、春子さん。いらっしゃい」

とびきりの美人、中禅寺千鶴子さんが出迎えてくれた。
失礼ながらも、勝手に上がり込む気満々だった私は、少し驚いた。
私が来る時は、千鶴子さんが居ないときが多い。
実際に会うのは3回目くらいだ。

「お久しぶりです、千鶴子さん」

「伊佐間さんなら、朴念仁のところに居ますわ」

「ありがとうございます」

どうやら、私が伊佐間さんを好きだと云うことは既に知られているらしい。
ちょっと恥ずかしいな。
京極堂さんの居るであろう部屋には、関口さんも居るのか、京極堂さんの冴え渡る関口さんの悪口が聞こえた。
京極堂さんは意地っ張りだなぁ。
知人だと云っているが、ちゃんと友人として認めているくせに。

「こんにちわー」

障子を開けると、京極堂さんが「待っていたよ、春子さん」と云った。
どうして私が此処に来るのが分かったのだろうか。
大変気になることではあるが、此処へ来た用事を思い出し、伊佐間さんに詰め寄った。

「伊佐間さん! 今日はお昼を作りに行くから、家に居てくださいと云ったじゃないですか」

「……ごめん」

いつも余り表情が動かないが、今は違うようだ。
目を少しだけ見開いている。
もしかして、私が急に詰め寄ったから驚かせてしまったのだろうか。

「まあまあ、春子さん。伊佐間くんにも事情があったのだよ」

「事情、ですか……。なら仕方ありません。私との約束をほったらかすくらいの急ぎなら――」

事情って何なのだろう。
ああ、気になる。
好きな人のことなんだから、気になるのは当たり前だが、それに踏み込む勇気はない。
そもそも、伊佐間さんに奥さんは居ないが彼女が居るかどうかまでは知らないのだ。
私の独りよがりでもある。

「ごめん」

少ししょぼんとした伊佐間さんの雰囲気に、胸がきゅんとした。
やっぱり、伊佐間さんのことが好きだ。

「大丈夫です。気にしてませんから」

「でも、約束――」

「いいんです。私が一方的に押しつけたようなものですし……」

用事があったなら、遠慮なく断ってくれてよかったのに。
私の勢いが強すぎて、断れなかったのかなぁ。
だとしたら、悪いことをしたな……。

「では、春子さん。こういうのはどうだろう。幸い我々はまだ昼飯を食べていない。千鶴子を手伝ってやってはくれないか」

「え、でも――ご迷惑じゃありませんか?」

「何、千鶴子も人手が増えれば助かるし、なにより春子さんと伊佐間くんは約束を果たすことが出来る」

人類が滅亡したかのような風貌を少しだけ和ませて、京極堂さんは云った。
確かにそれならば、千鶴子さんは助かるし、私は約束を果たせるし、文句はない。
ご迷惑にならなければ、と私は頷いた。
京極堂さんが云うには、もうそろそろ支度を始める頃だろう、ということだった。

「千鶴子さん、手伝いますよ」

丁度材料の準備をしていた千鶴子さんに声を掛けると、くすくすと笑って「聞こえてましたわ」と云った。
料理を作っている間、恋愛相談をしたり、レシピを聞いたりした。




「全く――」

京極堂は少し声量を落とした。

「伊佐間くん、折角春子さんが料理を作りに来てくれるというのにこんなところに来るなんて」

「どうしたら良いか分からないんだよね」

関口が思うに、春子と伊佐間は両思いである。
春子の容姿は綺麗と万人が称賛するものではないが、多くの人にとって可愛らしいと思うような容姿ではある。

「伊佐間くん、この関口大先生だって結婚出来たんだぜ。伊佐間くんが出来ないはずないだろう」

「どういう意味だ、京極堂」

「でもね、春子さんは可愛いでしょ?」

まあね、と京極堂は関口を無視して頷いた。
今重要なのは伊佐間の恋愛模様なので、仕方ない。

「ボク何かが、って思うんだよね」

「そりゃあ、春子さんがどうして君に惚れたのかは気になるがね。しかし善く考えてみたまえ。この鬱病の小説家だってあんなに出来た奥さんを貰っているんだ。そう考えれば、伊佐間くんが春子さんを奥さんにしても可笑しくはないだろうに」

「どういう意味だ、京極堂」

関口は先程と同じ言葉を発した。
どうせ無視されるのは分かっている。

「さっさと差し出された手を取らないと、横取りされてしまうよ」

「差し伸べてくれているかな」

「君は本当に鈍いな」

関口は呆れた。
恋愛に関心が有るようには見えなかったし、鈍いとは思っていたが、此れ程までとは思いもしなかった。
同じく疎い関口ですら、春子の伊佐間への気持ちに気付いたというのに。
伊佐間はもう少し自分に自信を持ってもいいと関口は思っている。

「仕方ない。それが伊佐間くんだとしか云えないんだ」

「うん」

京極堂は兎に角、と付け足した。

「早く春子さんを捕まえたほうが良い。誰かに取られてしまってからでは遅いんだ。今の春子さんなら、伊佐間くんを拒絶したりはしない」

「そうだねぇ」

この釣り堀屋の親父は緩い。
関口には何を考えているのか全く分からないのだ。

「出来ましたよ」

どうやら随分話し込んでいたようで、春子は昼食を作り終え、運んできた。

「随分とまぁ、しんみりとした雰囲気ですね。一体全体、どんな話をしていたんです?」

「伊佐間くんにちょっとした講釈を垂れたのだよ」

「伊佐間さんにですか? てっきり関口さんが元凶かと思ったのに」

春子はからからと笑った。
大口を開けて笑っている訳ではないのに、何だかその仕草が男じみていると関口は思った。
そういえば、春子は余り裕福な家庭では無かった――あの当時、裕福だったという方が珍しいくらいだった――から、遊ぶものが無くて良くかけっこや鬼ごっこをして遊んだと聞く。
その所為かもしれないと、関口は思った。







片想い且つ両想い



prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -