これしかない

好き。
好きにも色々あるだろうが、今私――水崎春子の中で一番の割合を占めている好きは恋愛感情での好きだ。
一緒に居るとドキドキするとか、逆に心安らぐとかそういうのはない。
ただ、相手の事を考えると胸が苦しくなったり――自分にそのような純情な、乙女の欠片ようなものが残っていたことすら信じられないくらいではあるのだが――する。
彼――司喜久男と私は身体だけの関係で、彼にとって私は数多居る女の一人でしかない。
そんなことは最初から分かっていたことだし、それを承知で関係を結んだのだ。
それを後悔したことはない。
だが、もっと別の出会い方をしていれば、違う関係を築けたかもしれないと思うことはある。

「春子ちゃん。ナニ考えてるの?」

「……喜久さんと会わない人生も、会ったのかなァと」

情事後の気怠さの残る雰囲気で、少ししんみりとしたのだ。
違う関係を築く出会いが有ったとしたら、出会えない可能性も有ったのかもしれない。
それはどちらが良いのかなど、もう分からないけれど。

「きっと会えたよう。こんな可愛い女の子を僕が見逃すはずないからね」

「えー、喜久さんは現地妻とか居そうだしなァ」

不毛なことくらい分かっている。
この男にしてみれば、遊びでしかないことも。
だからこそ、諦められないかもしれない。
遊びなのは、他の女だって同じはずだ、私だけが遊ばれている訳ではない。
――ならば、私に本気になることも、あるかもしれない。

「居ないよう、現地妻なんて。そんなめんどくさいのはごめんだよう」

「女遊びは面倒じゃないんですか?」

「酷いなぁ」

自分で自分のことを傷付けるようだった。
胸がズキズキと痛んで、思わず眉をひそめそうになるのを堪えて、無理矢理笑顔を作った。
私だって、女遊びの範囲なのだ。
そんなこと、分かってる。
なのに、心の何処かで期待してしまっているのか、泣きそうになった。
何処で期待しているんだろう。
そこだけ厳重に鍵を掛けて、奥深くに閉まって沈めてやりたい。
恋なんて、しなければ良かったのだろうか。

「春子ちゃん?」

「なんですか?」

ホント、恋煩いなんて柄に合わないようなことはするものではないな。
自嘲した。

「――いや、何でもない」

そう云うと、いそいそと服を着始めた。
そうだ、私も裸だった。
あちこちに散らばっているブラウスやら何やらを掻き集めた。
着るのも面倒だから、下着だけでいいや。

「じゃあね、春子ちゃん」

「お元気で」

新たに歩みだそう。
期待なんてしないように、でも捨てることなんて出来ないから、蓋をして。
もう、会うこともないように、新しい地で新しい生活を始めよう。
布団に潜ったまま喜久さんの背中を見送りながら、もう会えないのだと思った。
これは『逃げ』なのだろうか。
いや、だとしても――






彼を忘れるにはこれしかなかった
(不毛な恋に疲れたの)
(身体を重ねたって、あの人は情すら湧かないのだろう)
(それが泣きたい程苦しかったのだ)

―――――――――――――――
司さんの女には困ってない発言を読んだときから、こういうのが書きたかった。
これは司さんだと念じて読んでもらえればありがたい。


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