益田が残念
「ひぃいいぃいい!近寄るなぁあぁぁ!」
私は今、変態から逃げています。
変態とは云っても、それは変質者にあらず。変態です。正真正銘の変態です。
「やだなァ、照れなくてもいいのに」
「照れてない照れてない!」
今ここで止まったら、絶対に襲われる。
そして、あいつの言葉を認めてしまったら人としての何かを失う気がする。
「今を逃したら、僕ァきっと春子さん以上に好きになれる人と出会えないですよゥ」
「知るか!そもそもアンタ自分の歳を考えなさいよ!?私学生よ!」
「僕の為を思って突き放そうとしているんですね。大丈夫!僕はそんなこと気にしません!」
「気にしてよ!むしろ私の前から消えて!私から半径2キロの円に入ってこないで!」
「物理的に離れている間、僕の心が離れていかないか試している訳ですね」
「違うわ!」
私とアイツはいつも走りながらこんな会話をする。
初めのうちは走りながら喋ると体力を消耗するので極力無視していたが、日が経つにつれ、だんだんと内容がエスカレートしてきたのだ。
奴はストーカーだ。
「春子さん!」
「え?」
珍しく急に真面目な声を張り上げるから、思わず立ち止まってしまった。
「危ない!」
「え?」
アイツの顔が段々と近付いてくる。
捕まる。
けれど、それ以上に本能的が警鐘を鳴らしていた。
「――大丈夫ですか?」
「あ、はい」
どうやら私はひかれそうになったらしい。
「そ、それよりアンタは大丈夫なの……?庇ったんでしょう?」
「僕ァ全然平気ですよ」
安心させようと思ったのだろうか、いつも見ているふざけた笑みより真剣さを帯びていた。
これが、本当の彼なんだろうか。
「それにしても春子さんは柔らかいなぁ」
「私の感動を返せ!」
ぎゅうっと抱き付いてきたから殴ってやった。
折角、少しは見直したのに、これでは台無しだ。
「感動してくれたんですか?嬉しいなぁ」
「もう何もかも台無しよ!」
あー悔しい!
「こういうのが恋に繋がるんですよ、春子さん」
「うるさいわよ!」
何が何だか分からなくなって、涙が出て来た。
「あ、わわ、泣かないでくださいよゥ」
「うるさいわよ!大体私はアンタの名前も知らないのに、変な借りまで作っちゃったじゃない!」
「あ、ああ。そうでした。僕ァ、益田龍一と言います」
益田、龍一。
私はこの時初めてこの男の名前を知ったのだ。
変態と私
(これで晴れてお付き合い出来るんですね!)
(変な勘違いしないでよ!)
(またまたァ、恥ずかしがり屋だなぁ)
(勘違いも甚だしいわ!)