せんせい、せんせい。
ごめんなさい、生きていられなくてごめんなさい。
貴方を独りにして、ごめんなさい。
「そんなこと、気にしなくていいんだよ」
だから、とせんせいは続けた。
生きていて、と絞りだすように言ったせんせいの頬に、私はそっと手を添えた。
私はもう、喋ることが出来ないから。こうやって自分の気持ちを表すしかない。
それがひどく、悔しかった。
口が聞ければ、せんせいを好きだ、と言うのに。せんせいを独りにしないよ、と言うのに。
悔しい。悔しいよ、せんせい。
「泣かないで」
三度の飯より解剖が好きなせんせい。
私はせんせいの一番じゃなくとも、いいの。せんせいを独りにしないでいられるのなら、それでいいのに。
かみさま。
貴方は私から、声を奪ったのです。
貴方はせんせいへ、孤独を与えるのですね。
「……」
せんせい。
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
「春子は何処にも行かないって言ってたよね……?」
泣かないで。
私は居なくなるわけじゃないの。
ずっとせんせいの傍に居られるようになるのよ。
ううん、そう考えないと安らかに眠れないのかもしれない。
せんせい、傍にいるから。
「救えなくて、ごめんね」
せんせい、あやまらないで。
私は平気だよ。
もう、痛覚なんてとっくに麻痺してる。何も、感じないの。何も、分からないの。
わかるのはね、せんせいの気持ちだけなの。
「今の医療技術では、治せないんだ」
ごめんね、とせんせいは再び謝った。謝らなくていいのよ。
悪いのはせんせいじゃない。
だから、
「う――らまな、で」
口が回らない。
私にまだ喋れるだけの力があるとは思わなかった。
ひゅーひゅー、と喉から息が漏れて、もしかしたらせんせいには聞こえなかったかもしれない。
私はかみさまのことが嫌いだったけど、今回だけは感謝してもいいかもしれない。
一人では呼吸さえ満足に出来ないけれど。
せんせい、貴方のことが好きです。
閉じかけていた瞼が、自然と落ちてきた。
ああ、そうか。時間、なのだ。
せんせいの頬に添えていた手がゆっくりと落ちてゆく。
時間が、次第にゆっくりと感じられる。
せんせい、最期まで、傍にいて。
白い布が、彼女の顔を覆っている。
嘘じゃない。この布を彼女にかけたのは自分なのだ。
彼女の死を否定したい。
けれど、自分は彼女の死を肯定するしかない立場にいるのだ。
彼女は間違いなく死んでいる。
けれど、つい昨日まで、その体を血が巡っていたのだ。
人の死が、こんなにも呆気ないものだということはよく知っていたのに。
彼女はもう、生きることはなかった。
彼女に愛と死を
(春子は最期まで僕のことを思ってくれたね)
(僕にとってはそれが一番嬉しいんだ)
(離さない、放さない、絶対に。春子は僕の物だ)
prev next
bkm