必要
ヒロインは榎木津同様、過去を知る事が出来ます














日が、暖かい
こういう日には眠くなるものだ。
桜並木のある河川敷に寝ッ転がって、空を眺める。背中に草が当たって、ちくちく痛い。

「眠い…」

ぽつりと呟いた言葉が、空に吸い込まれる。
ふと、隣に人がいることに気が付いた。

「あの…」

「今日はとてもいい天気だな!」

「は、はぁ……」

隣にいる人は、とても綺麗な人だった。人形が置いてあるのかと思ったほどに。
しかし、発した言葉はその外見には似付かわしくなかった。もっと静かにしゃべると思った。
何といっていいのか分からないうちに、私ははぁ、と答えていた。何とも気の抜けた返事だろう。

「君、名前は?」

綺麗な人はひょいと立ち上がり、私を見下ろした。

「春子。水崎春子」

「春ちゃんか!僕は榎木津礼二郎だ!」

この人は、何で私のことを名前で呼んでいるのだろう。
普通は名字にさん付けとか、せめて名前呼んでもいいですか、と聞くとか。
でも、不思議と名前を呼ばれるのは嫌じゃなかった。

「榎木津さん」

「春ちゃん!僕と一緒に来い!」

榎木津さんはそう云って手を差し出した。
私は、何故か躊躇うことなくその手を掴んだ。

「榎木津さん、どこに行くんですか」

「心配いらない。僕は神だからな!」

それって心配をしない理由にはならないだろう。
一瞬、そんな言葉が頭をよぎった。
しかし、私は心配しているのではない。
むしろ、心配とか不安とか、そういうものは一切感じない。ただ、どこに行くのかを知りたいだけなのだ。それは榎木津さんを、心のどこかで信頼しているのだろう。
今日初めて会った――しかも数分前――榎木津さん。そんな人を、信頼している。

そんな自分に、少し驚いた。

「あの、榎木津さん」

「ん?なんだ?」

「私たち、似たもの同士ですね」

だって、初めて会った人間を疑っていないなんて。
私は、人を疑わずには生きていられなかったから、榎木津さんを疑わない自分に驚いた。

「ふむ。確かに似たもの同士だな!僕も春ちゃんも、知ることが出来る」

「私のはえんま帳みたいなものです」

それでも、やっぱり辛いだろう、と榎木津さんは言った。
恐らく、榎木津さんは視るのだろう。その眼が、見えてないことだけは分かったから。
過去を知ることは、確かに辛い。私は、榎木津さんみたいに視えるわけではない。それは本当にえんま帳のように、その人が今までしたことが分かるのだ。
何分何秒、何処で何を。そういうことまで分かるのだ。だからこそ、私は知らないように立ち入ってしまわないように、俯いて生きてきた。

「閻魔帳か、それはいい!春ちゃん、何をぼーっとつっ立っている!」

「すみません。それより、何処に行くんですか?」

「僕の家だ!」

榎木津さんはそう言うと、私をぐいぐいと引っ張った。
その反動で、転びそうになる。なんとか体勢を建て直そうとするが、再び引っ張られ、榎木津さんの背中にぶつかった。

「馬鹿オロカにも会わせてやろう!」

「はぁ…っていうか、まだ制服なんですが、着替えられないですかね」

「そんなものそこらへんで買ってやる!さぁ、行くぞ」

くるり、と榎木津さんが振り返った。
そして何やら、頻りに頷いている。どうしたのだろうか。

「やっぱり制服はいいな!」

「そうですか?」

「ああ、春子は可愛いな!可愛い可愛い!」

榎木津さんはぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
何だか可愛いな、この人。

そこでふと気が付いた。
私は榎木津さんの過去が分からない。
どうしてだろう。

でも、分からないからこそ、とても安心する。
榎木津さんとだったら、普通の交友関係を築けるかもしれない。
そう思うと、心が弾んだ。

「春子。僕のために生きろ」

「? どういう意味です」

「死ぬ必要なんかない。誰も必要としないのなら、僕が必要としてやる」

そうか。
彼は過去が視えるのだ。だから、私が自分を殺そうとしたことも、視えたのだろう。

誰かに必要とされることは、なんて世界が広がるのだろう。
私は、その広さに、思わず泣いてしまった。




必要と、してくれるんですね

(春子、僕が必要としてやるから、泣くな)
(すみません。嬉しくて…涙が止まらないんです)
(さぁ、僕と一緒に行こう)

私は、榎木津さんの胸へと飛び込んだ。
私はもう、振り返らない。そう決めたから、何もかもいらない。


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