「修!」

「なんでえ、春子か」

なんでえとは何よ。久しぶりに会ったのに失礼ねぇ、と言って笑う春子。
確かに久しぶりだ。数か月はまともに会ってない。
それが、何で今日、ここにいるんだ。

「そういえば、修は仕事とか大丈夫なの?」

「ああ?なんでそう云う話になるんだよ」

「気になったからよ」

また笑った。
何なんだ。
笑顔が、物凄く気になる。
大体、何で仕事のことなんか気にするんだ?

「ふふ、修。これ、受け取ってもらえるかしら?」

「なんでえ」

「何ヵ月も会いにきてくれない恋人に、けじめを付けに来たのよ」

そうだ。木場と春子は確かに恋人同士ではあるのだ。
だが、先程も云ったように、もう何ヵ月も会っていない。お互い仕事のある身だし、木場と春子の休みが重なっても、木場は連絡が来たら出かけなければいけない。
なかなか会えるようなものでもなかった。

「さて、修。あなたはこれを受け取る覚悟はあるの?」

そういって春子が差し出したのは、

「婚姻届?」

「そう。実は私、求婚されていているのよ。でも、私は修と結婚したいと思ってるわ」

だから、これは私のけじめ、と云った。
木場は、春子とそう云う関係になりたいとは思っていなかった。否、奥手な木場に何れは愛想を尽かすと思っていたのだ。
だが、こうして申し込まれた以上、真剣に答えなければいけない。
春子なりのけじめとは、どういうことだろう。このまま断ったら、ハルはその求婚してきた某と結婚するのだろうか。

「あー、おい。それを受けなかったら、お前どうするつもりだ」

「もちろん、求婚してくれた方と結婚するわよ。悪い話じゃないもの。何せ相手はうちの社長だし」

「それでも、俺を選んでくれんのか」

木場がそういうと、春子はにっこりと笑った。

「勿論よ。私ぐらいじゃないと、修とは付き合えないじゃない。何ヵ月もほっとかれて、怒らない彼女なんて早々いないわよ。それに、修が嫌なら無理にとは云わないわ」

よくしゃべる女だ。
けれど、春子が云うことも事実なのだ。木場は春子以外と付き合おうとは思わない。
否、付き合えないのだ。
春子の云う通り、何ヵ月も放っておいて文句一つ云わないのは、春子くらいかもしれない。

「あ、一応云っておくけどね、私は決して寂しくないわけじゃないのよ。私だって寂しいのよ。修に会いたくて逢いたくて仕方がないときだってあるわ」

「嬉しいこと云ってくれるじゃねぇか」

こんな女よ、と春子は照れくさそうに笑った。その笑顔をみて、木場の決意は固まった。

「おら、その紙寄越せよ」

「え?あ、ええ。分かったわ」

春子が差し出した婚姻届を奪い取った。
適当に名前を書いて、春子に渡すと、春子は嬉しそうに笑った。

「あら、いいの?」

「たりめぇだ。生半可な気持ちじゃ書かねぇよ」

第一、渡してきたのはそっちだろうが。
そう云おうとして、やめた。
春子がとても嬉しそうに笑っていたから――。

こっちまで恥ずかしくなるような、そんな笑顔だった。

「修、ありがとう」

「馬鹿でぇ。そんなことで一々礼なんか云うんじゃねぇや」

でも嬉しいんだもの、と答えた春子の目頭には涙が浮かんでいた。
そこまで嬉しがるのか、と木場は恥ずかしくなる。

「これ、いつ届けに行こうかしら」

「俺は行かなくてもいいのか」

「行ってくれるならお願いするけど、行きたくないでしょう?」

少しだけ首を傾げて云う春子は、年齢にはそぐわなかった。
幼いのだ。

「でも、お前の両親に挨拶とかしなきゃいけないだろ」

「私の両親には許可取ってあるわよ」

「はぁ?」

「むしろ私が修のご両親に挨拶に行かなきゃねぇ」

ふふ、と春子は笑った。
思えば今日の春子はずっと笑顔のような気がする。

「修、私が求婚してなかったらどうするつもりだったの?」

「かっ攫うに決まってんだろ」

「頼もしいわ」

春子は驚いていた。
まさか、そこまでしてくれるとは思っても見なかったのだ。





(実は求婚の方は既に断ってあるんだけど、修には云わない)
(おい、何してんだ)
(何でもないわ。ただ、これも運命なのね)
(はぁ?何云ってんだ)
(物事は確実性があるものを実行するべきよね)



別に、わざとじゃないもの。
でも、私もそろそろ嫁き遅れでしょう?

だから、少しね。


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bkm
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