最後
死ネタ













「榎木津さん、にゃんこですよ!」

「おお、本当だ!」

中禅寺さんのところに行く途中、目眩坂の下に猫がいた。
中禅寺さんのところの柘榴も可愛いが、目の前にいる猫も可愛かった。

「可愛いですね」

「そうだ!猫は可愛い!春子も可愛い!」

「ふふ、またご冗談を」

春子は何回云っても分かってくれないな、と榎木津さんは少し寂しそうに云った。
違うんです、違うんですよ。榎木津さん。
分かっているんです。
嬉しくて、顔に熱が集まらないようにするのに必死で。
でも、榎木津さんにこの思いを伝えることはないから。
どうしてもそういう対応しか出来ないんです。

「春子。僕はにゃんこも好きだが、春子の方がもっと好きだ」

「――ありがとう、ございます」

嬉しい、けど。
私は榎木津さんの彼女になろうとか、そういうことは考えていない。
榎木津さんの隣は、私よりもっと似合う人がいるのだ。
私は、私は、榎木津さんの事が好きだ。
それに、それに私は――。

「春子は僕の事ばかり見ているくせに、僕には近寄ろうとしないな」

「そうでしょうか」

否、その通りなのだ。
榎木津さんの事ばかり見ているのも事実だし、榎木津さんに必要以上近寄ろうとしないのも、事実なのだ。
見破られているのは、分かっていた。
それでも、よかった。
少しでも長く、榎木津さんの傍にいられれば、それでいいのだ。
これ以上近づいて、今の関係が崩れることは嫌だから。
あと、少しくらいは…。

「榎木津さん。これからも、私のお友達でいてくださいね」

「嫌だ」

「…そうですか」

「春子は僕の傍にいなきゃダメだ。どうしてもというのなら、僕の家に住ませてやる」

「お友達じゃいてくれないんですか」

嬉しいけど、お友達じゃなきゃダメだ。
だって、諦められなくなる。
猫が擦り寄ってくる。
可愛いなあ。

「春子。春子は僕の傍にいたくないのか」

「いたいですよ」

「どうして、拒むんだ」

榎木津さんが猫をわしゃわしゃと撫でる。
榎木津さんと猫。

「拒んでなんかいないです…」

「だったら、ほら。正直に云いなさい」

「嫌です。それだけは――」

猫。
触ろうとすると、するりと逃げられた。
怪訝しいな、さっきまで触らせてもらえたんだけど…。

「春子。病院に、通っているのか」

「それも、視えるんですか」

知られたくない。
カミサマ、あと少しくらい、榎木津さんの傍にいることも、許されないのですか。

「春子、春子」

「ごめんなさい。私――」

云えないよ。
これだけは、云えない。
云って、誰かが幸せになるという訳でもない。
そういうことなら、喜んで云いたかった。
でも、でもそうじゃないのだ。
私に襲い掛かる病魔は、誰一人として幸福になることはない。
今の医療技術じゃ、治すことが出来ない病なのだ。

「どうしようもないじゃないですか……」

「云ってしまえばいいのに。このにゃんこみたいに楽になれるぞ!」

猫は榎木津さんにお腹を見せている。
どうやら、榎木津さんは見事猫の信頼を勝ち取ったようだ。

「榎木津さん。実は――」

強い風が吹いた。
おろしていた髪が舞う。
油土塀に囲まれたせいか、風が強かった。
ごうっという音もした。

猫はいつのまにか居なくなっていた。













「春子、春子」

名前を呼んでも、一向に返事はない。
そんなこと分かっているのだ。

最後に会った日。
あの時春子は会えるのは今日が最後だ、と云った。
その通り、最期だった。
京極堂は春子の病気がもう救いようがないことも知っていた。
春子が、京極堂に口止めしていたようだった。
榎木津さんには、心配をかけたくない、と春子は云ったのだそうだ。
残された者の気持ちくらい、考えろ。
そう文句を云いたかった。
でも、春子はもういないのだから、文句の云いようなどなかったのだ。
春子は居所も告げずに、榎木津の前から去った。

あれから四か月。

「榎さん、何しているんですか」

「おお、関猿じゃあないか!相変わらず馬鹿だな!見て分からないのかッ」

分からないから聞いているんじゃないか、と関口は答えた。
榎木津は寂しそうに悲しそうに笑って、云った。

「今日は僕と春子が出会った日だからな!」






(春子ちゃんと?そうなんですか)
(そうなのだ!物分かりが悪い猿にはこれをやろう!)
(ノート?――って春子ちゃんのじゃないか)



お世話になった方々へ

今まで、お世話になりました。
たくさんご迷惑をおかけしたと思いますが、そんな様にはお見受け出来ませんでした。
ですから、物凄く感謝しています。

ありがとうございます。

皆さんのおかげで、余生を楽しむことができました。
感謝しても、し足りないくらいです
本当に、本当にありがとうございました。


春子


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