彼女の親友は最強

「ストーカー?――って、あの?」

“あの”が何を指しているのかは知らないが、私は取りあえず馬鹿の一つ覚えのように「あの」と云った。
昨日は里村先生の処で慌ててしまったが、今日は学校だ。意識を学校に向けて、なるべく考えないようにした。
1時間目は自習で、クラスメートは皆仲良くお喋りをしている。芳子が大声で恋人との自慢話を繰り広げている。

「心当たりは?」

「心当たりっていうか、知っている人にストーキングされてて――許婚なんだけど」

那三重は「はぁっ!?」と叫ぶと、机を思いっきり叩いた。
手を痛めなかっただろうか、と心配していると、偶々机が目に入った。机って一応学校の備品なんだけどな、なんて恐ろしくて云えない。
那三重、どれだけの速度で拳を叩きつけたら机が焦げるのよ。

「春子、あんた許婚なんて居たの?」

「私もこの間知ったの。お父さん同士がした口約束だったから、あんまり本気にしてなかったみたいなんだけど」

「相手は本気にしちゃったって訳ね。信じられないわ」

那三重は再び拳を机に叩きつけた。
大分落ち着いたようで、今度は焦げなかった。ミシッという音が聞こえた気もするけれど、取りあえず机が無事なのでよしとしよう。
机の強度に驚きだ。

「いい?春子、この件は私に任せて。1ヶ月以内にはその被害もなくなるわ」

「有り難いけど――いいの?今大変なんでしょ?」

「あら、親友より婚約者をとる女だと思われていたなんて心外だわ。それに、ストレス発散にもなると思うし」

私は恐れおののいた。
ストレス発散?何をする気だ。
机が焦げるような速度で、机がミシッと悲鳴をあげるような拳で殴られでもしたら、間違いなく頭は吹っ飛ぶ。殺人だ。

「あら、何か云いたそうね。春子」

「いや、その、何だか変わったなと思って」

「変わった?何時から何処が」

「そんなに目くじら立てないでよ。うーん。そうだなぁ、吹っ切れた感じがするんだよね」

明るくなったというのは語弊があるし、腹黒くなったというのも何か違う。それに元から那三重は腹黒い。それを表に出すことが少なかっただけで。
私も、そうなのか。
思えば家族と那三重くらいしか、素で話せない。これも榎木津さんのお陰なのか否か。

「本当の那三重って感じ」

「それを云うなら春子だってそうでしょう?榎木津さんと出会ってから結構素が出てるし」

そんなことないよ、と私は云った。
そんなことないと思う。私は普段通りだし――もしかして気付かないところで素が出ていたのだろうか。

「まあ、私が変わったのだとしたら、それはきっと春子と榎木津さんのお陰ね」

「榎木津さん?どうしてまた」

榎木津さんと那三重はそんなに接点ないはずだけど。
もしかして、私の知らないうちに二人は仲良くなっていた、とか――いや、無いか。そもそも那三重も榎木津さんも仲良くなった事を黙っている人ではない。醜くも嫉妬に駆られてしまった。
ならば、何だ?

「春子。云っておくけど、私と榎木津さんは1度しか話したことないわよ」

「あ、終業式の」

「そう。私はあの時、気付いたの。きっと私は誰よりも春子が大切なんだって」

おかしいと思う? と那三重は不安そうに眉を寄せた。
私は首を横に振って、「そんなことないよ」と告げた。那三重は少しだけ笑った。

「私だって、那三重のこと好きだから。榎木津さんとは全く違うの。初めて知らない世界に飛び込んで、初めての友達だからかな。やっぱり誰よりも大切だよ」

「ありがとう。でも――やっぱり榎木津さんには勝てないわね」

どうして、と私が聞くと、那三重は頬をほんのり赤くして、にっこりと笑った。

「私は比較的自分の気持ちに疎くて、春子が一番の親友だって気付いたのは榎木津さんの言葉が有ったから。私は春子と一緒に居られなくなることが物凄く悲しかったの。いつか友達だったことも忘れられちゃうんじゃないかな、って。それと同時に、婚約者の存在を思い浮べてね。あの人は何時も頑張ってた。だから、私も春子と友達で居る努力をしようかなって思ったの」

「友達で居る努力かぁ……」

深いなぁ。
私はそういう努力をしてきただろうか。

「何年も一緒に居ると、やっぱり相手の嫌な処とか出てくるよね。でも、それって本当に嫌いなわけでは無いでしょう。嫌いだったら本当の意味で友達では無いんだから。嫌いな処を上回るくらい、好きなところがあるから友達で居る訳でしょう?まあ、惰性ってこともあるけどね。人間って云うものは悪いところばっかりよ。仏じゃないんだから、嫉妬や許せない事も一杯ある。でも、それだけじゃないじゃない。誰にだって一人くらいは味方が居るのよね」

「一人くらいってちょっと……」

「何よ、自分が一番の味方じゃない。人って云うのは自分が嫌になることは有っても、自分を嫌いになることはまずないわ。自分が嫌になっちゃう人は、自信の問題よ。ちょっと失敗しちゃったとか、そんなこと気にするのが馬鹿馬鹿しいわ。だって世の中には失敗で溢れているんですもの。失敗から生まれたものもあるわ。だからね、失敗から成功を生み出せない人はまだ“自分”を信用していないの。自分は信用されているのにね。自信は成功だわ。成功は人によって形は違うけれど、成功を作り出す努力をしていないのよ」

相変わらず、しっかりと意見を持っている彼女には驚かされる。
人の考え方は種々あるが、那三重はこういう時比較的柔らかい云い方をする。普段辛口な彼女とは大違いだ。
那三重は人が好きなんだと思う。どんなに文句を云っても、人という存在を嫌いきれない。
優しいのだ。

「だからね、私は努力を一杯している春子が好きだし尊敬してる。同じ理由で婚約者の事も好きなのよ。私だけが努力してなかったの」

「そんなことないよ。那三重はいつも頑張っているじゃない。勉強だってそうだけど、世の中を平和にしたいっていう信念があるじゃない」

え、と那三重は溢した。
私は何か不味いことでも云っただろうか。

「世の中を平和にしたいなんて、何で知ってるの?誰にも云ったことないのに」

「そうなの?見ていれば分かるよ?」

「そんなの春子だけよ」

那三重は溜め息を吐いた。
私は、ただ訳も分からずに首を傾げた。

「春子は頑張り屋さんね。だから構いたくなっちゃうの」

「そりゃあ、頑張ってるけど――それより本当にいいの?」

「ストーカーなら私に任せて。私は春子が好きだから力になりたいのよ」

那三重はそう云って笑った。
そして、芳子に向かって「カスが、粋がるんじゃないわよ」と呟いていた。





一ヵ月後。
ストーカーさんはめっきり見かけなくなった。
どうしたんだろう。

「ストーカーに何をしたの?」

「あら、春子は気にしなくていいのよ。ちょっとサンドバッグ代わりに使わせて貰っているだけだから」

「それって犯罪じゃあ……」

「嫌ァね、ちょっと人格改造しただけよ。向こうから殴ってくれって云ってくるのだから仕方ないでしょう?」

ね?と首を傾げられ私は大層焦った。何をしたんだ、一体。

「春子、大好きよ」

「そういうのは婚約者に云いなよ。仲直りしたの?」

「ふふふ、まあね。今度話すわよ」

那三重は笑った。
私もストーカーが居なくなって安心したからか、笑った。







(彼女の親友は最強)


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