夕暮れ時の空は綺麗だった。
誰が見ても、見とれるほどに。
ただ、人はそれを見ようとしなかっただけ。
落ち葉がひらひらと宙を舞い、そして、冷たい地面に落ちる。
人は、それを意もなく踏みつぶし、そして去る。
神楽は、公園の近くのベンチで、それを他人事のように眺めていた。
真選組に仮入隊してから約3か月。
何不自由なく過ごしているが、ここ3カ月の間銀時、新八を目にした日なんて指で数えるくらいしかない。
新八の姉、妙には時々出くわしているが、以前のように長話をする暇もなく、招集をかけられたり、一応真選組であるため、特定の仕事はせずに、些細な仕事も行わなければならない。
とにかく、神楽は寂しいわけだ。
「まーま?」
可愛らしく聞こえた声に、神楽は顔をあげる。
そして、何アルか?と、優しく答えると、声の主であるかなめは神楽の頭を優しく撫でた。
突然の事に、神楽は目を小さく見開く。
「まーま、悲しそうなお顔してるの。かなめ、まーま笑顔がいいの」
しゅんとしたような、かなめの言葉に、神楽は綺麗に整った眉を寄せて、ありがとうと言った。
「かなめ、お歌、まーまに歌ってあげるよ」
「本当?ありがとうアル」
「うん!」
にっこりと笑うかなめ。
神楽も笑い返そうとしたが、次に聞こえた声にまた、眉を寄せる事になる。
「おうチャイナァ、偶然」
「何だヨ。せっかくかなめが歌を歌ってくれるとこだったのに」
「まじで?なァかなめ、俺にも聞かせてくれねェーかィ?」
「うん!総悟にーちゃんにも、お歌聞かせてあげるよ」
沖田は、普段のポーカーフェイスが無かったかのように無邪気に笑う。
神楽は、そんな彼の顔なんて見ないようにしていた。
見ていたら、なにかの呪いにかかりそうだったからだ。
しかし、さりげなく、神楽の横に腰を下ろす沖田。
神楽はそれに気づかずにかなめの歌を聞いた。
* * *
「どんどん見つかるな」
「あぁ、調べれば調べるほど分からなくなる」
土方は、タバコを吹かしながら数百枚はあるであろう紙を、近藤と共に目を通していた。
30年前、備前国児(仔)島郡
時同じに30年前、丹波国大江町……
「これは…関わりたくない事件にかかわったもんだな。俺たちも、チャイナさんも」
眉を下げて、悲しそうな表情を見せる近藤に、土方はただうなずくしかなかった。
これは、掘り返してはならない事件だったのかもしれないと思うようにもなってきていた。
そんな中、土方はある項目に目がいった。
「……近藤さん、これ…」
「なんだ?トシ」
「近藤さん、俺の言う事、俺たちだけの秘密にしてほしい」
「あぁ」
「案外近くにあったんだよ。近すぎて、遠かっただけで」
「というと…」
「こいつによると、美作国、備前国、丹波国、そして、江戸で起こった不可解な事件。どれもが、同じもんだとばかりに思ってた。けど、実際は違った。こいつを見てくれ」
そう言って取り出した紙に土方はスラスラと何かを書きはじめる。
「俺たちは、村の人々がすべて居なくなったことから、同一の者が起こったと考えていた。だから、こんな簡単なことにも気付かなかった。もしも、盗難事件が同時に二つ起こったとする。そうしたら、普通に考えて犯人は二人だろ?だったらこいつはおかしいと思わねぇか?」
「……同時に二つの国の村の人が消えた」
「普通に考えてありえないだろ。一夜で、しかも、村の奴ら全員を消す方法なんてあるか?」
「それなら、どうして村は消えたんだ」
「盗難事件が2件同時に起こったら犯人は2人。てことは、だ。犯人は絶対に1人じゃねえし、まして村一つ消す力。一つの村に対して1人は、考えられない。最低でも十数人はいると考えても良い。分かるか、近藤さん。ある村の内戦。あれは兵を出すまでもなかった。小さな内戦だ。でも、兵が出た。兵が出たおかげで、内戦はよりひどいものになった」
「この事件には、上管殿が関わっている…か。本当に、かかわりたくない仕事だな」
「あぁ。これだけの国がなくなっているんだ。表沙汰になってもおかしくなかったのに、表沙汰にならなかったのは、逆に、表沙汰にしなくても良かったと考えれば話は楽だ。そっちの方が、お上様もいろいろと動きやすいだろうしな」
「じゃあどうしてお上は俺たちにこの仕事を任せたんだ…」
土方は、フーッと息を煙草の煙と共に吐き出す。
「…俺たちを潰すため…って言うのが一番適当な答えだろうな。天導衆に…幕府幹部。そして……高杉一派」
「戦になるのは時間の問題、か」
赤の鎖と南京錠
唄は歌われた
つぎのヒントは『児の泣く時』
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●丹波国…山陰道に位置する。現在の京都府中部と兵庫県東辺の一部、および大阪府高槻市の一部・大阪府豊能郡豊能町の一部にあたる。
●備前国…三陽道に位置する。現在の岡山県の東南部に香川県小豆郡と直島諸島、兵庫県赤穂市の一部(福浦)を加えた地域にあたるが、成立時はこれより広かった。