夢を見た。

誰かが私の隣から居なくなってしまう夢。

それが、誰だったのかが分らなかったが、胸が痛くなるのを感じた。

夢は、所詮夢だ。そう、心に言い聞かせる。朝起きると、なんだか体がだるいような気がした。

「学校、行きたくないアル…」

ベットの中で、片手に頭を抱える。

気分なのか、それとも、本当に体がだるいのか。とにかく、今日は学校には行きたくなかった。







「神楽?」

朝から講義のある兄、総悟が、私の部屋をのぞいてきた。いつもはすでに起きている時間帯だったのだが、いつまでも起きてこない私を心配したのだろうか。

そうであったら嬉しい。

「…どうしたんでィ。具合悪いのか?」

「……体がなんだかダルイ気がするアル…」

「熱か?」

そう言って、額に置かれた掌に、なんだかそこだけが熱くなるのを感じた。本当に、熱があるのかもしれない。

「熱っ!熱あんじぇねえか。…今日は学校休みだな。俺も、昼過ぎには帰ってこれると思うから、それまで一人で大丈夫かィ?」

「はい…大丈夫デス」

やっぱり、なんだか慣れない。この人と一緒に居ると、心臓の動きが活発になって、息をするのもいっぱいになって、敬語になっちゃう。

「あの…総悟?」

「なに?」

「…バイト先にも、連絡入れといて欲しいアル」

「え。バイトしてんの?」

携帯を片手に、目をぱっちり開く兄に、なんだか笑えてきた。

「…ずっと母子家庭だったから。マミーだけじゃお金が足りないアル。私も、少しだけでもいいから役に立とうと思って。だから、部活にも助っ人として入らせてもらったりしてるネ」

「あぁ。なるほど…」

「だから、お願いしますアル」

「分かった。もういいから。さっさと寝てろィ。熱上がるぞ」

「はぁーい」

子供じゃないのに。子供みたいに、兄は私の頭をポンポンと撫でるようにした。くすぐったくて、でも心地よくて、自然と目を瞑る。

不と、先ほどの夢が脳内をかすめた。

「……怖い夢を見たアル」

「怖い夢?どんな夢でさァ」

「…私の隣にいる誰かが、私の隣からいなくなっちゃう夢アル。みんな真っ暗で、何にも見えないところだったアル。それでも、その誰かはちゃんと見えてたネ。でも、私の隣から離れたと同時に、その人も見えなくなって…。総悟は、私の前からいなくなったりしないよネ?」

ほんの数週間前に知り合ったばかりの人に、なんだか信頼をし過ぎているかもしれない。でも、この兄だけは裏切ってくれないと心から信じていた。何があっても、私の見方でいてくれる。なにがあっても、私の隣からいなくならない、と。

「あぁ。居なくならない。ずっと、神楽のそばに居てやらァ。もういいから。寝な?腹減った時は、自分で起きて、レンジの中に朝飯作っといたからそれを食いなせェ。昼、なんか買って来てもらいたいモンあるかィ?」

「……ブドウゼリーが食べたいアル」

なんだか恥ずかしくなって、布団を鼻の上まで被った。そうでもしないと、頬が緩んできっと、だらしない顔をしてる気がする。

マミーにも優しくしてもらったけど、こうしてほかの人にまで優しくされるのは久しぶりなような気がした。

兄は、小さく微笑むと、もう一度額に手を置いて言った。

「了解。んじゃ、昼までには戻ってくっから。それまで良い子にしてろな?それと、しばらくバイトはお休み。親父たちからの仕送りもあるし、疲れてるんだろィ?ちゃんと健康になったら、バイトは開始してもいいけどそれまでは休むこと。いいかィ?」

「分りましたアル」

小さく口を動かす。私はこんなにも小さい声を出す事が出来たのか。自分で言って、自分でも分かるくらいの小さな声だったが、しっかりと兄には届いていたらしい。

「うん、じゃあ行ってくらァ。もうすぐ講義始るし…」

「なんだか、ごめんなさいアル。総悟も大学が忙しいのに」

「家族なんだから。助け合うのが普通でさァ」

家族

その言葉にどこかツキンと痛んだのは、きっと勘違いだと思った。まさか、そんなこと。

駄目だ。あってはならない感情だ。

「そんじゃ、後でなァ」

ガチャリ

そう鳴らして部屋のドアを閉める兄。

なんにも振り返らずにこの部屋を去っていくのを見て、なぜか目の奥がジンときた。











ウシロ姿




乃亜
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