あのね、聴いてくれる?

そう言った彼女の顔を、よく見る事が出来なかった。小さく俯いて、肩が微妙に上がって、拳を握り体側に付けて。怯えるしかなかったんだよ。君の声を聞きたくなかった。それがどんな言葉で、決別を意味する言葉かはたまたそうでは無いとしても。自分が惨めになるような言葉は聞きたくなくて、耳を塞いで肩を震わせた。彼女が見たらきっと笑うんだ。大声を出さずに、只々静かに悲しそうな笑みを浮かべて。それが悲しくて顔を上げる事が出来なくて、でも、それでも彼女が自分の側にいると言う事が嬉しくて。逃げ出す覚悟も勇気もない。彼女の冷徹な言葉だけが、耳を左から右へ通り過ぎてゆく。世界が違うと思ったのは、初めてだった。彼女の方が先に大人になったんだと知った。自分は置いてけぼり。子どものままで居たい、ただの臆病者。始まりがあれば終わりが来るのは知っていたけれど、それすらも信じきれずにいた哀れで無知な馬鹿。こんなにも側にいるのに、未来では彼女の顔すらも見る事が出来ないのだろうか。嗚呼、なんて可哀相なんだろう、彼女も俺も。好き合っていたのは確かなんだ。ただ身分が違いすぎた、それだけの事。彼女は近々誰とも知れぬ男と夫婦の誓いを結び、その瞬間さえも見届ける事が出来ないのだ。何て不幸な我が人生。彼女がいなければ、生きていく意味なんて存在しない。有る筈が無いと言うのに。けれど、只一つ。只一つだけ有るとしたならば、それは彼女と出会った桜並木の小川沿い。シロツメクサを結った彼女が、光る笑顔を俺にくれた小川沿い。彼女が覚えているのか知らないが、彼女のとの淡い恋の中で一番大切な彼女との逢瀬の時。忘れた時が一時も無いくらいに、愛おしかった。いけない事だと知っていても、彼女が居れば乗り越えられる気がした。彼女も同じだと思ってた。
頗る寒い1月の空。彼女の言葉にハッとして顔を上げると、想定外な表情の彼女。大声で笑う事はせずとも、慈愛に満ちた笑みを浮かべ頬に掠める程の接吻。終わりではない。終わりは始まりでもあるのだ。だとしたら、もう少し子どものままで居たい。彼女が大人になったのなら勇気を出して一歩を踏み出そう。小さく息を殺して泣いたって良いじゃないか。そんな時、傍で支えてくれる彼女が居るのなら。結局彼女も大人になりきれない、踏み出せない子どもだったのだから、このままゆっくり二人で歩んでいけばいい。彼女と二人きりで居られるのなら、臆病者でも構わない。彼女がくれた小さなチャンス。成功するかも分らないこのチャンスを掴むために。もう少し、このまま二人で秘密の逢瀬を楽しもう。例えそれが、彼女にとって、俺にとって、悲恋な物になったとしても。きっと二人でなら乗り越える事が出来るだろうから。




あのね、聴いてる?
(離れたくないの、)
(私を、遠くに連れてってヨ。)


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