3z沖→←神















まるで桜のような色をした髪を、手櫛で解かした。机の上に突っ伏している彼女の髪は柔らかく、いつまで撫でても飽きないほど。真っ白な肌に、瑞々しい唇。何もかもが完璧で、俺はこんな彼女の隣に立つ事は出来るのだろうかと、不安になった。

教室の中は、窓が開いているせいか少し肌寒いが居心地が良い。この前姐さん達と買ったと言っていた、茶色のカーディガンが彼女にとてもよく似合っていた。

グラウンド側の教室からは、放課後に部活をしている生徒が良く見える。ついこの間まで、俺は剣道をやっていたのに。部活を3年で引退したからと言って、体を動かさないわけではない。彼女と喧嘩して、動き回って先生に怒られて。それでも懲りずにまた喧嘩をして。

何もかもが楽しくて、彼女と一緒にいるのが嬉しくて、彼女の隣にいられるのが幸せだった。いや、今でも幸せだ。だけど、俺が彼女の事を好いていても彼女が俺の事を好いていてくれないと意味がない。

彼女の席の前のイスを、彼女の机側に向けて髪を撫ぜながら彼女を見つめた。

黙ってればいいのに。なんて言ったら、絶対殴られる。でも、楽しそうにはしゃいでいる彼女の方が、もっと良い。俺に敵対するような瞳も、俺をからかう言葉も口も、全部を俺のものにしたい。

彼女が、この上なく好きだ。

彼女の机で、俺も彼女と同じように突っ伏してみた。彼女の顔が、今俺の真正面にある。放課後の教室に二人きりなんて、良いシチュエーションだと思う。寝ている彼女に、優しくキスだってできる。でも、それじゃ駄目なんだ。

彼女が覚えててくれないと、意味がない。彼女と共有したい、何もかも。

「……好きだって言ったら、怒んだろーなァ」

桜色のような綺麗な髪を、くるくると指先に絡める。甘い匂いがした。胸が、彼女でいっぱいになった。

「神楽…」

呟いた言葉は、彼女に届いただろうか。







目が覚めたら、最初に飛び込んできたのは空でも、ましてや外の景色でもなかった。どうして彼がここに居るんだろう。

私が、初めて自分の気持ちに気付いたのは彼が剣道の大会で負けた時。初めて見た彼の涙に、何かが溢れだした。掛ける言葉も見つからなくて、無言で彼の手を握ったら『らしくねえーよな、こんなん』って言いながら笑った。

その瞬間に、さっきとは比べものにならないようなモノが溢れて、心臓の音も大きくなって、緊張しちゃって『たまには良いアル』なんて可愛くない事言ったら、そーだなって言って強く抱きしめられた。

熱くなる体が、その溢れだすなにかを教えてくれた。

いつか、こんなにも強い彼の隣で一緒に笑える日が来るのだろうか。何の役にも立たない私を、彼は隣に置いてくれるのだろうか。

彼は、私を好いてくれるのだろうか。

机の上に置かれた彼の左手の上に、そっと自分の手を重ねた。私よりも、幾分大きな手。いっぱい喧嘩して、ぶつけ合って来た手はやっぱり男の人の手で、ムカつくけど、頼もしかった。

「もし私が、スキって言ったら……嫌ってしまうアルか?」

誰もいない教室。一番後ろの窓側の席。彼の席は、正反対の一番前の廊下側。どうして、わざわざこの席まで来たんだろう。…少しだけ、期待してしまう。もしかしたら、彼も同じ気持ちなんじゃないかって。

サラサラの、太陽のような髪。触ろうとしたけれど、やっぱり止めた。買ったばかりのカーディガンの袖を、指先までかぶせた。

頬が赤くなるのを感じる。

「…もうちょっと、このままがいいアル」

椅子にすわりなおして、もう一度机に突っ伏す。太陽の匂いがした。








いつの間に寝てしまったのだろうか。洗濯物に埋もれるように寝てしまった自分の隣には、可愛らしい彼女が居る。

起き上がると、窓が開いていた。風がスーッと部屋中を駆け巡る。

「ん…」

「おはよ、神楽」

薄らと瞳を開いて、神楽はその青を覗かせた。空を連想させる、青。

「…懐かしい夢を見てたアル」

掌を彼女の頬へ寄せると、くすぐったそうに体をくねらせた。ちゅ、と彼女の額に唇を落とす。微笑む彼女。

「…俺も」

その表情に、愛しさがこみ上げた。






深く眠るはの君。





お題:Liz.様
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