一粒だけ、涙を流してみた。

冷たくて、温かみのない涙はしょっぱくて、服の上にシミを付けてその原型を失くした。

外では荒らしのような大雨が降っている。傘は、さしていない。

荒々しく肩を掴まれた。はなして。言葉も出なかった。声が震えてしまうのが、自分でも分っていたから。

「バカ!こんな雨ん中、腹ん中にガキが居るくせに傘もなしに突っ立てるバカが何処にいるんでィ」

すん。と、鼻を鳴らした。バカはお前だ。こんな雨の中、お腹にお前とのガキをこさえている私を傷つけたのは誰だ。バカヤロー。

「お、お前が…悪いアル!」

「はぁ?俺かよ。俺が何したって言うんでィ」

「ちゅーしてたネ。知らない女と!こ、子どもができたら、女は女として見られなくなるって…、総悟は、私の事もう女だって見てくれないアルか?!」

持っていた傘を私の方へ傾けてその中へ私を招き入れた総悟の顔は一瞬強張った。しかし、小さく溜め息をつくと、コツンと私の額に総悟の額をくっつけて言った。

「そんなの、誰が言ったか知らねえが…。俺は、お前が一番大切だ。どの女よりもドジでバカで、そこら辺の女より女って言う意識が低いところもあるけど…。俺にとってはどの女よりも可愛くて、綺麗で、ドジでバカなところも全部好きなんでィ。ガキが居ようがいまいが、そんなの関係ねぇだろ?俺の中で、お前は一生ずっと女だよ。女でもあって、家族でもあるんでィ。ガキが生まれたら、三人で暮らして、お前とガキをちゃんと守ってやる」

ムカつく。そんな、たまにしかくれないような言葉をこんなとこで言うなんて。

「でも、ちゅーしてたアル」

「あれは…。まぁその、なんだ…。酔った女に絡まれてされちまったんでィ………すまねえ。本気で、浮気とかじゃねえし、俺が好きなのは、ずっと神楽だけでさァ」

「……嫌アル。浮気じゃなくても、ちゅーした事には変わりないアル…。だから、私の言う事、聞いてほしいネ」

「…分かった」

ギュッと目を瞑った。一粒だけ流すはずだった涙が、まるで何かが崩壊したようにポロポロとあふれ出てくる。嫌だな。こんなの、総悟に見せるのは絶対に嫌だったはずなのに。

「いっぱい、ギューってして欲しいアル。ちゅーもいっぱいして、夜もギューってして欲しいアル。……私はちゃんと、総悟のモノだって…刻み込んで欲しいヨ」

顔を見られるのが恥ずかしくて、総悟に抱きついた。ヒクリと、総悟が息をのむのが分った。総悟の心臓の音が聞こえる。ドキドキって、私の心臓の動きと同じスピードで活動してる。

総悟も、私にドキドキしてくれてる。私も、総悟にドキドキしてる。付き合って、もう何年もたつ。結婚してからそう日は立っていないけれど、一緒にいた時間は長い。だけど、いつまでも慣れなかった私。

総悟も、慣れてなかったみたいでなんだかホっとした。私だけが、余裕がないって思っていて。だけど、総悟も余裕、なかったみたい。

「ドキドキしてるアル」

「当たり前だろィ。慣れねえんだからよ」

「私もネ」

「分かっただろ、俺が今もずっとお前が好きだって。付き合って、出会って何年もたってるのに、まだこんなにドキドキするんでィ。俺の寿命、返しやがれ」

「やーヨ。私も、総悟と同じくらい寿命無くなってるアル」

真っ黒な隊服をキュッと握りしめた。顔を埋めると、総悟の匂いが漂って来る。甘いような、脳に残るような優しい匂い。

「ほら、家に帰るぜィ。飯もほったらかしだし…。雨だったから、傘持って来てくれたんだろィ?逃げてった後、傘落っことしていったから」

「…私が風邪ひいたら、お前のせいアル。私の近くに寄って、一緒に帰るヨロシ」

「わーったわーった。そうさせてもらいまさァ。俺も、濡れるのはゴメンなんでねィ」

総悟が傘を差してやってきたので、最初から差していたと思っていたけど、ちゃんと気づいてるんだよ。私を探すのに必死で、傘を差すのだって忘れて。だから傘差してるくせにそんなに髪がぐっしょりなんだよね。

「ありがとうアル」

小さな声で言ってみた。だってこんなの、恥ずかしくて言えないよ。

「どーいたしまして。もう心配かけんなよ。テメー一人の体じゃねえんだから」

届いてた。聞こえてた。

「どうして聞こえたんだって顔してんな」

「だって…」

すると、総悟は自慢げにフンッと笑って言った。

「お前の声は、どんなに小さくてもちゃんと一言ずつ俺の耳に拾ってるんでさァ。どれだけお前を溺愛してると思ってるんでさァ」

「……むぅ。そんなんじゃ、内緒話の時聞かれちゃうアル」

「秘密公開法でィ。俺たちの中に秘密はなし。俺も、お前に秘密なんて作らねえよ」

「…それじゃあ、これも言わなくちゃいけないアルか?」

「おう。どんとこいってんでィ。なんでも言いな」

少し迷ったけど、秘密公開法だから仕方がない。クスりと笑って総悟の瞳を見て言った。これは、私からの少し意地悪なんだよ。ずっと、一人だって思ってたでしょ?




秘密公開法

(赤ちゃん、双子なんだって)
(…え)
(総悟、二人のパパになるんだヨ)
(マジでか)

ふにゃりと笑った。そんな顔をさせた子どもたちに、ちょっと嫉妬しちゃったのはやっぱりナイショだからね。




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