あやのさんリク。続・ゴメンだけじゃ駄目なのに。神楽妊娠話。シリアス
少し暖かくなってきた今日。小鳥の囀(サエズル)なか聞こえてきたのは、隣で静かに涙を流す神楽だった。
「…どうして……。…神楽?」
今日の天気とは裏腹に、約4カ月ぶりに見た久しい神楽は健在だった。いや、正確に言えば、俺は神楽をずっと見ていた。神楽が、目を合わせないだけで。
こうしてまともに話したのは、『あの日』以来。
彼女は、泣きながら俺の布団にしがみついていた。握られている所を中心に皺が寄っている。
「…かぐ、……。…チャイナ…」
あの日、俺は決してしてはいけない事を行った。警察としても、男としても、一人の人間としても。
謝らなければならないのは俺の方だった。なのに…。なのに笑ったんだ。微笑んで、ゴメンって。バカだったんだ。俺も、神楽も。
今、ここに居る神楽はあの日の神楽とは全く違った。泣いている。俺を、見ないようにしている。今でも愛おしいんだ。神楽が、今ここに居る事がとても、愛おしい。
「………俺、「私…。……私、妊娠、したアル」
―――え?
涙声で聞こえた神楽の言葉は、信じがたい事実だった。
「今、このお腹の中に居るのは、確実にお前と、私の子…」
嬉しかった。泣き叫びたいくらい、嬉しかったんだ。あの日も、どこかでそう思っていた。このまま、神楽の中に子どもが出来れば、命を大切にする神楽の事だから決して中絶はしない。
だから、神楽の中に精を放った。
「…この子に、なんの罪もないヨ…。私も、中絶する気はない。最初は、お前を殺したいくらいに恨んだ。憎んだ。…実際、殺そうとした…。でも、妊娠したって知ってから、止めにしたのヨ。…この子は絶対に産む。誰が何と言おうと産むアル」
「……あぁ、分ってる」
「パピーの居ない子にさせるのはとても、とても辛い事アル。……ただ」
真っ直ぐに見つめられた瞳からは、少しの希望なんてなかった。神楽は、俺を憎んで、恨んで、今もきっと殺したいくらいなんだろう。
「私は、お前は一生好きにならないアル。愛せない。愛したくない。…今でも、私が好きなら、結婚はするアル。それでも、私が愛するのは、この子だけネ。今も、これからも絶対に変わらない」
ある意味、決別の言葉。これは、あの日微笑んで笑ってゴメンと言った彼女なりの仕返しなのだろう。俺が知っている女の中で、これほどまでに美しい女はきっと、世界中どこを探しても神楽だけなのだ。
「……ゴメン…」
「初めて、言ってくれたアルね。ゴメンだなんて…。………ちゃんと、好きだったアル。お前の事。…でも、あの日を境に吹っ切れた。嫌いじゃ表せないくらい嫌いになった」
「分ってる。……俺は、今でもお前が好きだ。正直、さっき妊娠の話聞いた時、嬉しかった。お前は優しいから…、きっと甘えてたんでさァ」
「そうかもネ。……私、もう帰るアル」
立ちあがり、部屋を出ようとする神楽の手を掴んで、自分の方へと引っ張った。ギュッと抱きしめたら、あの日となんら変わらない彼女の体温に喜びを感じる。しかし、すぐに胸を押されて、頬を平手で叩かれた。
「……お願いが、あるんでさァ」
「…………」
「一回だけでいい。…だから、もう一回、俺に、俺だけのために笑ってくれねーかィ?」
賭けだった。笑ってくれたら、まだ、チャンスはあるかもしれない。
「……無理ヨ。お前だけのためになんて、お前になんて、私は一生笑う事なんてないアル」
「……だよ、な」
ハハハ。と、乾いた声が無意識に出ていた。…自然と、涙を流していた。一瞬でも、光を見た気がしたのに。
神楽が出て行った後の部屋は、彼女の香りがまだそこに残っていた。
布団をギュッと抱きしめて、一人、声を殺して泣いた。男のくせに、だなんて今はそんなの考えられなかった。
神楽の事で頭がいっぱいで、妊娠を聞いた時の神楽は辛かったはずなのに。
神楽、お前分ってるのか?
子どもが出来たって言った時のお前の顔。
無意識だけど、微笑んでたんだぞ?憎たらしい俺の、俺たちの子どもなのに、お前はどこまでお人よしなんだ。
俺の事、本当は今でも好きで居てくれているんだろう?神楽は、俺への罰なんて言ってたけど、本当は『俺達』への罰なんだろう。
悲しかったはずなのに、苦しかったはずなのに。この3カ月の間、お前は一人で頑張ってた。
だけど、あれが神楽なりの俺への仕返しだったんなら、俺は神楽を今よりもっと好きになろう。それで、俺が苦しむ事が出来るなら、俺への罰の方が重くなるなら、辛くなるなら。
精一杯愛して、愛して、愛して、そしてそれが償われた時、その微笑みが俺に向けられるように。
生まれたのは、悔しいほど君に似た女の子でした。
言わせて下さい
今もこれからも、愛する人は貴女です。