「名前ー?」

一仕事終えて、寝室に声をかける。
そうすれば、ん〜、と眠そうな声が返ってくるのは、いつものこと。
そんな名前に苦笑を返して、もう一度声をかける。

いつもと同じ、朝の光景。



気分反転の秘密



「おはよ〜、キリク」

少し経てば、にっこり笑って出てくる名前。
さっきまでの眠そうな表情は、一切見えない。
そんな名前に笑顔を返して、食卓へと誘う。

机の上には、ボクの用意した朝食が置かれている。
できあがったばかりで湯気が立ち上っているものばかり。
ささっ、とイスに座れば、彼女は幸せそうに声をあげる。



「いただきまぁ〜す!」

満面の笑みを浮かべて声をあげる名前に小さく応えて、キリクも食事をはじめた。

…そして、暫く。

目玉焼きを食べようと、名前が醤油に手を伸ばした。
それを見て、キリクが止める言葉をかけるが、ひとつ遅かった。

「あ、待って、って言ったのに…」
折角、特別ブレンドのソース作ったのになぁ…。

ぽつりと呟かれたキリクの言葉。
それが、なんだか…寂しかった。

だけど、意地っ張りな私の悪い癖。

「お醤油が美味しいんだから、いいの!」

そう言って、一通り食べ終えると、直ぐに部屋へと戻ってしまう。
こんな態度しか取れない自分が、悔しくてしょうがない。

そんな名前の様子を、キリクは呆れるように溜息をついて見送るだけ。


部屋に戻れば、キリクに向けられなかった感情が溢れてくる。

私のためだと暗に言っておいて、あんな風に言わなくたっていいじゃない…。
私だって…キリクの作ってくれるもの、美味しく食べたいもの。

それなのに…、

そうして考えていると、いつのまにか瞳に涙が溜まっているのに気が付いた。

それは、素直になれない自分にか。
それとも、気付いてくれない彼にか。

ただ、思うのは。
…自分の想い。
咲かないままのこの気持ちを、君へ。


名前が背を向けていった扉を見つめる。

…まったく、素直じゃないんだから。
まぁ、それはボクも同じだけど。

そう考えたとしても、彼女には伝わらないと分かっているから。
だから、この後にどうしようか、と少しばかり考えをめぐらす。
そうすれば、彼女の喜ぶ顔はすぐに予想がつくから。
ふ、と小さく笑って、昼を待つ。


「…さて、と」

これで、いいね。


満足そうに笑みを浮かべて、名前の部屋へ向かう。
そして、朝と同じように声をかける。

「名前?」

出てきなよ。
昼ごはん、食べるだろ?

そうすれば、どんな表情をしていても渋々彼女が来るのが分かるから。
だから、これできっかけに…。


「…いただきます」

思ったとおり、渋々といった表情で出てきた名前に思わず苦笑いしそうになる。
だけど、そんな表情を抑えてテーブルに一つ皿を置き、キミの反応を見る。

そう、朝と同じ。

驚いてボクを見上げるキミの目が大きく見開かれている。

…そんなに驚いた?

優しく笑ってから、小さな瓶を差し出す。

入っているのは、醤油じゃなく…ボクの作った、特製ソース。
ね、これで…少しだけでも、機嫌直してよ。


…キリク?

差し出された小瓶を見て、思わず固まる。
けれど、向けられた微笑みは…責めるようなものじゃなくて…。
促されるままに、それを受け取る。

「食べてごらん?」

味なら、ボクが保証するよ。


受け取って暫く。
そのまま小瓶を見つめていた名前に、キリクが軽く笑いながら声をかける。
その笑い声で、はっとしたようにキリクを見上げて…それから、クスリと笑う。
頷いてから目玉焼きに手を伸ばして…もちろん、あのソースをかけて、そして食べる。

「…おいしい」

思わず零れた言葉。
そして、思わず見上げた先のキリクは、綺麗に笑って…私の頭を優しく撫でていく。
それが…なんだかくすぐったくて、嬉しくて、目を細める。

そして、考えるのは…──


本当…素直じゃないよね、お互いに。

でも、やっぱり…キミが好き。


朝のことを思い出すと浮かんでくる言葉。

だけど今は「ごめんね」じゃなくて…、


「ありがとう」

ねぇ、こんな私たちだけど…、
ずっと、こうして笑っていられたらいいよね。




ぱんどら様へ相互記念!
些細なことで喧嘩、ってことで。ちなみに私は醤油派。


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