好きになったきっかけは、単純。

買い物帰りに、偶然怨霊に遭遇してしまった。
満足に体が動かず、助けを求める声も出せず。
恐怖のあまり、腰が抜け、ぎゅっと目をつぶった。
もう、だめだと思った。

そこへ、誰かの駆ける足音と、刀の音。
うっすら目を開ければ、まだ出来て間もない精鋭分隊の方たちの姿。
助かったのだと理解して、だけど体は緊張に震えたままで。

「…大丈夫でしたか?」

お怪我はありませんか、怖い思いをしたでしょう。

真っ先に振り返って、心配そうな表情で私をうかがう。
それが、達夫さんだった。

硬い表情を崩さない私に、困ったように眉を寄せていた。

「立てますか?…って、難しいか、こんなに震えて…」

「友部、怪我はなさそうか?」
「有馬隊長!…はい、しかし、」

私へと目をやって、隊長へ状況を説明する。
その間も、私は話など聞こえなくて、先の怨霊の姿が頭から離れなかった。

「差支えなければ、送り届けて差し上げたく。少しの間、隊を離れる許可をいただけませんか?」



気がつけば、精鋭分隊の方たちが離れていく。

「…あ、あの…」

お礼を、言わなければ。
まだ、うまく声が出ない。体が言うことを聞かない。

その背を見送って、少し頭を垂れる。

「…なにかありましたか?」

驚いて声がした方へ振り向けば、自分がうかがいますよ、と人懐っこい笑顔。
そして、続ける。

「お一人では心細いでしょう、私で良ければ、お送りします」


結局、私が落ち着くまで隣に座って、気の緩まる話をいくつも聞かせてくれた。
そんな気遣いに、いつの間にか笑みが浮かんでいた。

「そろそろ大丈夫そうですね、立てますか?」

柔らかい笑顔に促され、手を引かれて立ち上がる。

「はい。すみませんでした、随分長い時間引き留めてしまって…」
「いえ、隊長にもしっかり送り届けるようにと、隊を離れる許可をいただきましたし」

そして、言葉通り、家までしっかり送り届けてもらった。
ではこれで、と背を向ける彼に、思わず声をかけていた。

「…あ、あの!」
「はい、なんでしょう?」

不思議そうな表情でこちらを見つめる彼。
私は、自分の口から出た言葉に、少し混乱していた。

「…お、お名前をうかがっても、よろしいでしょうか?」

なぜ、何を言っているのだろう、私は。
そんなことを聞いても、

「私は、友部達夫と申します」

名乗る凛々しい声と、柔らかい笑顔に、釘づけになった。
少し、頬が熱く感じる。

「…と、友部さん、」

口にした、彼の名前が、なんだか気恥ずかしい。

「…ありがとうございました!」

深々と頭を下げて、熱くなった頬を隠す。
そこまでのことはしていない、と慌てた友部さんの声が聞こえて、顔をあげた。

「とても、心強かったです」

まだ、頬は熱いままだけど。
精一杯の感謝を籠めて、笑顔を向けた。



良ければ、次は宿を訪ねてください、と。
美味しい食事でおもてなしさせてください、と。

伝えられたら、良かったのに。

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