※大団円ED・ネタバレ有です。ご注意ください。
帝都に、平穏が訪れた。
龍神の裁きは下されず、神子と神子を守る8人の勇者によって、終焉の予言は覆された。
「…ハイカラヤ、ここでいいのですよね?」
一人、店先に立ち、思案する。
祝勝会の準備を、と千代さんに頼まれ、早々に邸を出てきたものの。
…なんだか、扉を開けづらい。
「幸さんですね、お待ちしておりました」
さあ、早く中へ。
突然開いた扉に驚いていると、緑髪の少年に促され、慌てて店内に入る。
食事担当である少年・ルードさんと私が一番乗りらしく、マスターに台所をお借りして、黙々と作業を始めた。
ルードさんと手分けして料理を作り、最後の一品を作り出す頃。
店の扉が開く音がして、精鋭分隊の方々、鬼の一族の方々…帝都の危機を救って下さった方々が続々と姿をあらわす。
「…うん、美味しそうな匂いだね、ルード、幸殿」
「ダリウス様、ありがとうございます…皆さんの衣装は、こちらに」
急ぎ、着替えを済ませましょう。
一足先に料理を作り終えたルードさんが、皆さんを着替えに促す。
すでにできた料理やお皿は、マスターが綺麗に整えられたテーブルに運んでくれている。
これができあがれば、テーブルに運んで、準備は完了だ。
「よしっ」
とても美味しくできた、これなら神子様方にも喜んでもらえるだろう。
「お疲れ様です、幸さん」
これを運べばいいのかな?
ふと、隣を見れば、大好きな笑顔。
完成した料理の乗った大皿を、達夫さんが持ってくれている。
「…ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいお安い御用です」
そう言って背を向けた達夫さんに、くすりと笑みがこぼれた。
さて、早く洗い物を済ませてしまおう。
神子様方が、いらっしゃる前に。
「ようこそ、祝勝会の会場へ!」
コハクさんの明るい声で、神子様方を迎えいれる。
神子様方、と言っても、千代さんは知っていたことなので、驚いているのは梓さんだけだけれど。
「はは…、お互い驚かされましたね」
そう苦笑する進さんの、来た時の驚きようを思い出してしまう。
千代さんとの約束の喫茶店に入ると、見目麗しいウエイター姿の皆さんが、目の前に並んでいるのだもの、さぞ驚いたことでしょう。
「精鋭分隊も、ご招待に預かっていますよ!」
あっ、と梓さんが驚いたような声をあげる。
邪神を倒してから、実際に会うのは初めてですから、驚くのも無理はありません。
「お久しぶりです神子様、友部達夫です」
その節はお世話になりました。
隣で笑顔を見せる達夫さんに倣って、礼をする。
本当に、何度、どれだけ感謝をしても、し足りない。
「…ちょっと憑闇になって、寝ている間に平和が訪れてたなんて驚きです、ははっ!」
「た、達夫さん!ちょっとなんて話ではなかったんですよ?…皆さん、どれだけ心配して下さったか…!」
達夫さんらしい言葉…だけど心配した側から言えば、そんな簡単な話ではなく。
笑い話に変えてしまえる達夫さんに、もう、と困ったように言うけれど、笑い声が返ってくるばかり。
「はは…」
達夫さんの様子に、梓さんも淡い笑いを浮かべている。
憑闇で心を失った人がみんな元に戻ったと知って、本当によかったと笑った姿を思い出すと、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
…それでも、大切な人が、以前と変わらぬままで。
「すっかり元気みたいですね、よかった…」
「…はい、梓さんや、皆さんのお蔭です」
本当に、ありがとうございます。
「なぁ、そろそろ食い始めていいんじゃないのか?」
痺れを切らしたような政虎さんの言葉をきっかけに。
「では、始めようか…さあ、グラスを取って」
ダリウスさんが、流れるような言葉で促す。
私も、倣ってグラスを片手に、飲み物をいただいた。
「それじゃあ、乾杯だね」
乾杯、
梓さんの声に続いて、幾つかグラスの重なる音が響いた。
隣から聞こえる、達夫さんの乾杯の声。
賑やかですね、と笑う進さんと千代さんの姿。
…自然と、笑顔があふれる。
「ねえ、ところで、いつ元の世界に帰るか決めたの?」
突然のマスターの問いかけに、一瞬、身が硬くなる。
もうずっと、毎日顔を合わせていたから…いつかは元の世界に帰るのだと、分かっていても、やはり淋しい。
暫くこの世界に留まるつもりだと、梓さんが答えたのを聞いて、申し訳ないけれど、素直に喜んでしまった。
それは、私だけではなかったらしく。
有馬隊長や片霧副隊長、そしてそれに続くように皆さんが思いの丈を伝えていく。
…なんだか、聞いていて、こちらが頬を染めてしまうような言葉もあったけれど。
「ええと…みんな、どうしちゃったの?」
言われている本人は、はやりもっと恥ずかしいのでしょう。
顔を赤くした梓さんが、困った表情で問いかけるけれど、きっと、応えなんてひとつで。
「ふふ、つまり、ここにいる全員、あなたと離れがたいのよ」
千代さんの言葉に、笑顔で頷いてみせる。
皆の笑顔を見て、嬉しそうに笑った梓さんの顔が、忘れられない。
「だから、できる限りこの世界でゆっくりしていって、ね?」
そうして、祝勝会は更けていった。
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