「くれは、さん…」
その名前が、頭から離れない。
きっと。間違いなく。
カリガネの、大切な人なんだろう。
簡単に尋ねてしまえたら、
誰かが教えてくれたなら、
どんなに楽なんだろう。
もしくは、
この想いが終わるのかもしれないけれど。
葦原家に泊まって、彼の寝言を偶然耳にしてしまったあの日から。
学校帰りに花屋で出会っても、家の周りで出会っても…ひどく落ち着かない。
カリガネは、以前と何も変わっていなくて……いや、以前より幾分表情が優しく見えて。
きっと私の錯覚だと、言い聞かせている。
くれはさんと、良い雰囲気なのかもしれない。
毎日、心が穏やかで、そうして…あんなに朗らかに、笑うのかもしれない。
ぐっと口を引き結ぶ。震え出すのは、彼の幸せだけを想えないから。
希望が薄いことは分かっていたつもりなのに、諦めきれなかった想いが、過ぎっていく。
「…くれは、さん…」
「なっ!?お、おい、撫子…その名前は…」
突然、聞こえた大きな声に肩を震わせる。
ずっと、頭の中をぐるぐるしていた名前が、口から零れ出たらしい。
「な、なに!サザキ!?びっくりさせないで、」
「びっくりしたのはこっちだ!そ、その…」
声に出てしまっていたらしい私の呟きを耳に留め、サザキが言う。
なにか知っているのか。しかし、とても言いづらそうに眉を寄せている。
「…か、カリガネに聞いたのか…?」
小さく首を振る。
彼は、私にはなにも言わない。
それが優しさなのか、ただ単に私に迷惑しているのか…わからない。
「そ、そうか…」
「…聞いても、いいの?」
偶然街で出会ったサザキと、立ち話でするような話ではないことは分かっている。
でも、不安で押しつぶされそうな心が、そう絞り出した。
「や!い、今は、何も関係ないから!安心しろ!な!」
サザキから慰められ、ようやく、自分が泣きそうな顔で震えていたことを自覚する。
今は、って…じゃぁ前は良い人だったんだ、やっぱり。
暗にカリガネの想い人だったと聞いてしまった。
こっちに来てしまったから、会えなくなって…つらい思いをしたのだろうか。
そうだとしたら、私は。
気付かない間に、彼を傷つけてはいなかった?
彼の傷を、抉るような、そんなことを…していたのかもしれない。
恋の苦しみ
ぎゅっと。
不安で胸が押しつぶされそうな心地になった。
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