聖ショコラトル・デーを翌日に控えた冬の日。
傾いた陽が差す理事長室には、頼み事にきた咲姫とその頼みを断りきれなくて思案する黒主灰閻の姿があった。

「ホントはあまり良くないんだけどねぇ…」
「…すみません」
「……よし!じゃぁ、お遣いを頼まれてくれるかい?」

「え?」
…は、はい。

理事長の言う意味が分からなくて、思わず疑問符で返す。
すると、理事長がニッコリ笑った。

「いってらっしゃい、咲姫ちゃん」

更に続けられた言葉を聞いても、すぐにはなんのことなのか分からなかったけど…。
意味を理解すると同時に、嬉しさが込み上げて、

「はい!」

と元気な返事を返していた。



想いの日、再び



家に着くと、迎えてくれた母がクスクスと笑っていた。

「本当に帰って来れるなんて思わなかったわ、」

今日が金曜だとはいえ、夕方からの帰宅はまずない。
基本的には明るいうちに、ということになっているからだ。

「黒主理事長ってば、咲姫に甘いのね?」

面白そうに言った母につられるように苦笑する。
本当だと思う。
そして、私はそんな優しさに甘えてばかり…とても助けられている気がする。


「それじゃぁ、始めますか」
明日は早めに帰るんでしょう?

話を切り替えて、どこか楽しそうに続けた母に気付かないまま作業に入る。


「う、っ……こう?」
「ふふっ、咲姫…こうでしょう?」
「あ!そっか、ありがと、お母さん」
「どういたしまして、」

悪戦苦闘。
キッチンに立って、チョコレートと向き合って少し。
予想外にそれは当て嵌まらず…母のフォローのお蔭で、作業は順調に進んでいた。
…そして、

「出来たっ!」

喜びの声があがる。
初めてつくるチョコレートは、なんとか形になっていて。
味も…すっごく、とまではいかずとも、美味しくできた。
最後に丁寧に飾れば、立派なものだ。
ほっと一息安心していると…背の方から、優しい母の声がした。

「お疲れ様。そろそろ寝なさい、咲姫」

従うように顔をあげて時計を確認すると、もう日付が変わるまであまり時間がない。
抵抗する理由もなく布団に潜り込むと、間もなく眠りに落ちていった。


「咲姫、起きて」

目覚ましを探して指をさ迷わせると同時に聞こえる母の声。
布団からゆっくり起き出して、身だしなみを整える。

「おはよう、」

まだ少し眠気の残る目を開いて口を開く。
すると、母が困ったように笑った。

「今日は夜間部が特別授業だから早く戻るんでしょう?」
ちゃんと目を開けなくちゃ、拓麻が待ってるわよ。

聞いて、一気に目が覚める。
拓麻の名前を出されるとどうも弱い。
それは、いつも心配かけてるから、とか、それもあるんだろうけど。
そんなこと関係なしに…私が、早く早くと、会いたくなってしまうから。

早々に準備を済ませて、家を出る。
学園に戻ると、向かうのは月の寮。
夜間部が出てくるのは夕方だが…もう少しすると、普通科の生徒が集まってくるだろう。
辺りに生徒が居ないのを確認して、無意識に安堵の息を吐く。

廊下を進んで、一番奥。
拓麻と支葵くんの部屋の前に立って、ふと思った。

まだ寝てるんじゃないの?
私が眠りの邪魔になるんじゃないの?

そう考えると、目の前のドアを開けることなんてできなくて…彼が出てくるのを待つように、壁に背を預けた。

少しして、大好きな笑顔が見えた。
昨日の帰りに会わなかっただけなのに、随分久しぶりな気がする。

「…一条、先輩」
「窓から咲姫が見えたんだけど、待ってても来ないから」

どうしたの、なんて問いかけるから、素直に答えてしまう。
そうすれば…拓麻は、優しい目をもっと細めて可笑しそうに笑う。

「咲姫が来てなかったから心配でね、実は全然寝れなかったんだ」

冗談なのか、本気なのか。
私には全く見当のつかない言葉で誘う。

「……家に、帰ってたの」
「え?」

久しぶりに見た…拓麻の驚いた表情。

「これを作りたくて…理事長に、無理言っちゃった…」

控えめに差し出したのは、一生懸命に想いを詰めたチョコレート。

「前は渡せなかったから、今回はちゃんとあげたかったの」

…私以外の子にチョコもらって嬉しそうにしてる拓麻だけ、なんてもう見たくない。

「それに…、『絶対あげる』って言ったでしょ?」

なんとも言い難い想いが胸を支配する。
バツの悪そうな表情を隠せない咲姫に、拓麻が笑みで応えた。

ありがとう、
「なんか、安心したら眠くなってきちゃったなぁ…」

言うと同時に、咲姫を引き寄せてベッドに腰掛ける。

「ちょっ、拓麻っ!!?」
「ん、なに?」

動揺して言葉が続かない咲姫とは逆に、拓麻の表情はとても穏やか。

「おやすみ、咲姫…」

もっと近くに抱きよせて、寝転がる。
…少しして。
聞こえてきた呼吸で、眠ってしまったのだと分かった。

忙しくて疲れたのかな…?
もしかして、本当に私のことで…?

それは分からないけど、

「ごめんね、」
いっぱい心配させて。

綺麗な金色の髪に光が反射しているのを眺めて思う。

少しの間そうしていると、溢れるほどの心地よさを感じて…咲姫にも眠気が訪れた。

拓麻…、
もう少し、つぎ目覚めるまでは、このままで。

…理事長、ごめんなさい。
お遣いから帰るのは、もう少し後になりそうです。


まだ陽の高い、明るい午後のこと。

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