昼の黒主学園。
ふ、と…見慣れた影を見つけて走り寄る。

「優姫ちゃん!」

そう言って、後、周りの人影にも気が付いた。
あ…、と漏らして言葉を直す。

「おはよう…ございます、黒主先輩…」

そうして、困ったような表情になる咲姫。
その様子を見て、優姫も沙頼も小さく笑う。

そして少し…優姫たちと話しているときに、声が聞こえた。


「そっちはだめだよ、まり亜!」
普通科がいる時間だから。

聞こえた声は、間違いなく大好きな彼のもの。
思わず駆け出すと、優姫も続こうとする。
しかし、零に腕を捉まれ、その場で止まったのが分かった。

すると、咲姫がふり返って笑う。

「私が行ってくる」
たまには…風紀委員らしいこと、やらなくっちゃ!

そう言い置くと、早々と姿が小さくなっていった。


「一条先輩っ!」

彼の背に向かって、そう呼びかければ、驚いた表情で振り返る。
どうして、と、問いたそうな瞳が見えるが、今だけ、と心に決めて気付かないフリをする。
そして、彼の先に居る少女へと視線を向けた。

綺麗…

素直にそう思った。
ただ、どこか寂しさを感じたもの、本当。

──冷たい、雨の予感がした。


少しの間、そこに佇んだままの咲姫に、まり亜が近寄る。
そして、ぽつり、と一言零す。

「…美味しそうな娘…」

そうして手をのばし、咲姫との距離を縮めていく。

はっ、とした一条は、すぐに咲姫の傍に添う。

…まり亜、
「だめだよ…この子は、誰にもあげられない」

咲姫を挟んで、反対側のまり亜へ。
力強くそう告げれば、彼女が小さく笑うのが見えた。

「ふふっ…、よっぽどこの娘が大切なのね」

そうして一瞬、問うような視線を一条へと向ける。
先と変わらないその目に、もう一度笑みを零し、くるりとまわる。
そして、月の寮の方へと戻っていくのを二人はただ見送るだけだった。


彼女の姿が見えなくなると、一条がひとつ、小さな溜息をついた。
ふ、と、自分の隣の咲姫に視線を落とすと、肩を震わせ、潤んだ瞳を隠すように、顔を俯かせている。


── 吸血鬼は相手の血を吸うことで想いを満たそうとする。

そう聞いたのは、いつだっただろう。

それが本当ならば、私は…?
…だけど、それだけが本当なの?

彼女に、美味しそう、と呟かれたとき…私は、凄く驚いた。
だって、彼も…皆も…。
そんな風に言ってきたのは、はじめてだったから。


すぅ、っと…咲姫の瞳から涙が零れる。
その姿は、とても泣いているとは思えないほどに穏やかで…だからこそ、手を差し伸べてしまう。

咲姫…、

そう呟いて、涙をぬぐうように、彼女の頬に触れる。
すると、咲姫の肩が震えた。
…目を見開いて、さらには、後ろに半歩退く。

『恐怖』

きっと…それが、一番近い感情。


まり亜が去って、今。
まだ、恐怖の色を見せる咲姫。

すると彼は、頬から離れた手をそのまま。
ゆっくりと彼女を包み込み、抱きしめた。

──咲姫、

「大丈夫、大丈夫だから…僕を、怖がらないで?」

ねぇ。
君を怖がらせるもの…その全てから、君を護るから。

君に拒まれること…、
それ以上に恐ろしいものなんて、ないから。


そうして、暫く。
腕の中から見上げて、恥ずかしそうに笑う咲姫がいた。

「ごめんなさい、」
ちょっと、驚いて…

……大丈夫、拓麻は怖くない。

咲姫は自分の心に問いかける。
そして、少し表情の曇った一条に向かって呟く。

「…私は、拓麻から離れていったりしない」

だって、こんなに好きなんだもん。

その言葉は、そっと心にとどめて。
そうして、貴方にぎゅっと抱きつけば、優しい笑みをくれる。


──私が少しでも幸せをあげられるなら。

いつだって…貴方の幸せのために。


──君の心に哀しい雨が降るときは…同じように、僕も。

それでも君を、その哀しみから護りたい、と…そう思ってる。


心に舞う雨は、止み。
太陽のような明るい光が、辺りを照らしだす。



俄雨が舞うとき




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