今日は、聖ショコラトル・デー。

学園に来たばかりの私には、この日の意味が分かっていなかった。
それどころか、特別な日だということも知らずに──



想いの日



きゃぁきゃぁ、と聞こえてくるのは女子生徒の声。
いつも以上の騒ぎに、咲姫は驚く。

いつもは、これくらいの時間でも…もっと少ない、はず。
…じゃぁ、なんで今日は…?

そんなことを考えていると、月の寮の門が開く。
大好きな彼の姿を見つけて、思わず名前を呼びそうになる。
しかし、周りは一層盛り上がり、咲姫の声を遮るように歓喜が増した。

結局。
彼の姿を見ることもできず、状況を飲み込めないまま、自分の部屋に戻った。


暫く無言の時間を過ごし、月の寮に向かう。
先の騒ぎとは打って変わって、とても静かだった。

いつものように彼の部屋へ行き、ベッドに入る。
それから目を閉じても、夕方のことが気になって、よく眠れなかった。


まだ空が暗い頃。
授業を終えた一条が部屋に戻ってきた。
…たくさんのチョコを両腕に抱えた状態で。

扉が開いたのに気付いた咲姫が身を起こすと、腕に沢山の箱を抱えている彼が目に映る。
咲姫がその量に目を瞠ると、彼は苦笑しながら腕を空ける。
それ…どうしたの、と控えめに問えば、優しく応えてくれる。

「今日はね…『聖ショコラトル・デー』っていって…」

1年に一度。
女の子が好きな人にチョコを贈って告白する日。

「…だから、」

そう答えれば、視線を下げる咲姫。
その様子が気になって、言葉は続けられなかった。

少しの時間…二人の間は、とても静かだった。

「…ふーん」
そうだったんだ。

そう言った咲姫の表情は、よく見えなかったけれど、声はとても寂しげだった。
続く言葉を待てば、呟くようにきこえる声。

「……私だって」
私だって、好きなのに。

沢山のチョコを受け取ってきた、ってことは。
彼を好きな子が、それだけ多いってこと。

…分かってた。

一条先輩が人気ある、ってことくらい。
それでも。やっぱり、悔しい。

「…知ってたら、私だって、」

用意したのに。とか。
嫌な感情ばっかり、頭に浮かんでくる。
それでも、そう思ってしまうのは…やっぱり、彼が大好きだから。

不満そうにそう言った咲姫。
大丈夫。言いたいことは、分かってる。

…でも、

「知らなかったんだから、仕方ないよ」

だから、来年ちょうだい?

軽く笑ってそう言えば、咲姫が顔をあげる。
そして、また。
呟くように言葉を並べていく。

「もちろん、来年は…絶対にあげる」

そう言ったと思えば、でも、と続けた。

「分かった以上、今年も…なにか、」

それを聞いていると、彼女はこんなにも自分を思ってくれてるんだと、嬉しくなる。
だからだろうか。
ベッドの上に座っていた咲姫を、思わず抱きしめてしまったのは。

突然抱きしめられて、驚く咲姫。
そんな咲姫に、一条は優しく囁く。

「いいよ、咲姫」
僕は、君が傍に居てくれるだけで…嬉しい。

「で、でもっ!」

それじゃぁ、私が納得できない、と言わんばかりの咲姫。
一条は抱きしめていた腕を緩めて、咲姫を見つめる。

じゃあさ、また。

「前みたいに──拓麻、って呼んで」

頼むようなその表情に、一瞬頷きそうになった。
でも、それは。

「できません」

だって、彼は、沢山の人に慕われていて。
上流貴族の一条の、大切な人。
…それが分かってからは、呼べなかった。
誰かに咎められて、一緒に居られなくなるのが…怖くて。

「…だから、」

呼べない。

そう言えば、分かってる、って。

「時々、皆が居ないときだけでもいいから」

そう言った彼の笑みに負けて。
思わず、顔を背けた。

そして…

「覚えてたら、ね…拓麻」

そう呼んだ後の、本当に嬉しそうな表情が消えない。
そんな彼を他所に、私はベッドに潜り込む。
隣では、彼が漫画片手に微笑んでいる。


暫くして、咲姫が眠りについた。

──拓麻

そう言った咲姫を思い返す。
そして、幸せそうに眠る咲姫を見つめて呟く。

「ありがとう、咲姫…」
僕の我侭を聞いてくれて。

…幸せに笑むこの表情を、目覚めた彼女に。


──夜が明けるのは、まだ先。




アニメの一条先輩チョコ貰いすぎですよね!

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