※セフレなシズ→←イザ




見るなの禁忌というものがある。

別名見るなのタブー、昔話によくある「この部屋の中をみてはいけない」だとか「振り返ってはいけない」、あるいは「開けてはいけない」などの約束を破った結果、悲劇が訪れるという物語のパターンを総称してそう呼ぶらしい。

鶴の恩返しや浦島太郎、パンドラの箱、なんのかんので助かってはいるが青髭もそうだろう。
さらに結構前の話だが、某有名な監督のアニメ映画のラストもこのパターンに近いものだったかもしれない。もっとも、あれは振り返っていないが。

とにかく、世界には見てはいけないものをみた結果悲劇にみまわれるという話が溢れている。



…さて、俺がなぜこんな話をしているのかというと、

「臨也…。」

横で俺の名前を呼びながらひたすら安眠妨害に励む男のせいである。


俺たちは身体だけの関係だ。
所謂セフレ。だけど俺たちの場合フレンドではないしそもそもあいつをフレンドと呼んでやるのは何か嫌だ。何だろう、セックスエネミーとでも呼ぼうか。…セエネって呼びにくいな、セネミーでいいかな。

まあそんなセネミーに落ち着いている俺たちは今日も今日とてふしだらな行為に耽っていたわけで、まあいくらセフレ、じゃない、セネミーとはいえ俺だってやることやって満たされてる状況ならまあシズちゃんが同じベッドでそのまま寝て、1泊していくくらいはいいかなと思ったりするわけだ。

どうでもいい話だがシズちゃんとするのは他の誰とするより気持ちいい、と思う。
断定できないのは俺にそこまで男とのナニやらなんやらの経験が無いからだ。
こんなのどうしても仕事上やるしかない時以外はお断りだ、男としてのプライドは傷つくしやっぱ女としたほうが…って本当にどうでもいいな何の話だこれ。


すこし話を戻そう。
いつも通りやることやって、いつも通りシズちゃんはうちに泊まっていったわけだ。
もちろんベッドは1人分だから2人でひとつのベッドで。


で、今。いつも疲労困憊で朝までぐっすりな俺が珍しくふと目を覚ましたら、シズちゃんがうつぶせで眠っていた俺の横でひたすら俺の名前を呼びながら、俺の髪や背中をやたら甘ったるく撫でていた。
甘ったるくっていっても性的とかそういう意味ではない。
俺が起きているときには決して与えられない甘さ。
きっと俺たちに一番似合わない甘さ。

「臨也。」

俺が起きていることに気がつかないらしいシズちゃんは寝そべりながら肘でもついているのか斜め上から甘やかさを含んだ声で相変わらず鼓膜をくすぐっている。



さて、長くなったがここからが本題だ。


今のシズちゃんの表情は、俺からは見ることができない。俺の視界は残念ながら180°がギリギリカバーできているかいないかの一般的視界だから背中側のシズちゃんが見えないのはしょうがない。

だが俺のベッドの横には姿見が置かれている。
今はシーツしか写していない俺の視線を少しだけよこにずらせば、きっと俺は鏡に写しだされたシズちゃんの顔を覗き見ることができる。


「臨也…。」


甘い警鐘が部屋に響く。
見てはいけないと俺に警告する。

見てはいけない。
俺はこれを見てはいけない。

見てしまったら、きっと何かが変わってしまう。
きっと、折原臨也というものが変わってしまう。
平和島静雄というものの何かが、折原臨也というものの何かが、変わってしまう。
今まで通りでは居られなくなってしまう。俺はこのままでいい。このままがいい。

「臨也。…臨也。」

見るなの禁忌。

鶴は去ってしまった。浦島太郎は年老いてしまった。パンドラの箱はよくないものが飛び散ってしまった。

見るなと言われたものを見た結果は大抵ロクなことになっていない。

…彼はどんな顔をしてこんな声で俺の名前を呼んでいるんだろう。


見てはいけない。


見てはいけない。


「…臨也…。」


(…ああ、人間ってのは馬鹿だなあ。)

人は禁忌を犯したくなる。
ルールを破りたくなる。

その先にどんな罰が待ち受けていようとも、人間は目先の好奇心や自分の欲に勝てない生き物だ。

(愚か者め、知らなければ幸せで居られるのに。)

心の中で自嘲してもどうにもならない。



その日、俺は禁忌に触れた。



見るなの禁忌
あの甘さと苦しさと、少しの悲しさを織り交ぜたあの表情をなんと表せばいいのだろう。
あの表情に呼び起こされた俺のこの感情をなんと呼べばいいのだろう。

…あのときなんて知らなければ、こんな苦しい気持ちは知らなくて済んだのに。





〈End〉
―――――
自覚してるけど臨也は嫌がるだろうから寝てるときだけ優しく触れるだけで我慢する静雄と、心の奥では自覚してるけどいばらの道だし恋なんて苦しいだけだから身体だけで満足したふりで知らないふりをする臨也。

…説明しないとわからないってどういうことなの。
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