セルティの後姿を見送る。
そしてそのまま自分もどこかへ行こうとして振り向いた瞬間、腹に衝撃。
「あ…?」
見知らぬ少女が、ナイフを俺の腹に突き立てていた。
「ちくしょう!ちくしょうちくしょうちくしょう!刺されよ!刺され刺され刺され死ね死ね死ね!!!」
そのまま何度も俺の腹にナイフを突き立ててくるが刺さる事は無い。半狂乱のままナイフをひたすら叩きつけてくる少女を呆然と見やる。
喚き散らす黒いショートヘアの少女に見覚えはない。誰だろう、この少女は。でも、あれ、なんだろうなんだか、見覚えが。
(なんでシズちゃんナイフこれしか刺さんないの?どんな筋肉してるの?ほんともう呆れるくらい化け物じみた身体だよね!)
「…あ…。」
脳裏をよぎる黒髪。思い出した。こいつの持ってるナイフ、これは、
「臨也さんを!臨也さんを返せ!!この、化け物!お前がっ!お前が殺したんだ!!」
臨也のものだ。
どすっ、どすっ。
少女の力如きでは1ミリすら刺さる事の無いナイフは俺の服だけをずたずたにしていく。はげしく突き刺し続けることで振り乱される黒髪。ナイフを振りかざす少女に臨也がかぶる。
「化け物!化け物っ!お前の所為だ!お前の・・・お前の!お前が!!!お前が臨也さんを殺したんだ!!」
少女は泣いていた。
俺を化け物だと罵って、お前が臨也を殺したのだと泣いていた。
バーテン服がぼろぼろになっていく。
「死ねっ…!死ね、死ねよ・・・死ねよ化け物っ…!!」
臨也を殺したとき、誰も、俺を責めなかった。新羅も、セルティも、門田も。九瑠璃と舞流でさえ。
その事は愚かな俺に錯覚させた。
「これは悪趣味な冗談で、臨也は本当はまだ生きているんじゃないか」と。
俺は確かに、あの細い首をへし折ったのに。
それを認められない俺は認めたふりだけしてそんな幻想を追い求めて街をさまよう。現実から目を逸らし続ける。
涙なんか出るわけが無かった。だって俺は結局信じているふりをしていただけで本当は臨也が死んだと信じていなかったのだから。
臨也のナイフを持った黒髪は泣きながら俺を責める。お前は臨也を殺したのだと俺を責める。
お前の所為で臨也は死んだのだとナイフを振り上げる。
少女の腕を掴む。
「ひっ…、離せよ!!この化け物!」ごめんよ、ごめん。化け物でごめん。許してくれ。許して、ごめんそんなつもりはなかったんだ。ただ、ただ。俺は。
俺は、お前を愛したかった。
ごめん、ごめんごめんごめん。
「ごめん…。」
少女の目が見開かれる。ナイフを取り落とす。
そうだ、俺は臨也を殺した。
殺したんだ。
「ごめんな…臨也…。」
臨也はもう居ない。いくら探したって居ない。振り返れば居るような気がするのも、池袋のどこかに居るような気がするのも、家にかえれば笑顔で迎えてくれそうな気がするのも、全部気のせい。ありえない。だって臨也は俺が殺してしまった。
俺が世界から臨也を、臨也から世界を奪ってしまった。
「ごめんな…っ。」
「なんで…。」
少女の掴まれていない方の腕が俺の頬にのばされる。
「なんで、あなたが、泣いてるの・・・?」
ああ、俺は今泣いているのか。空虚だった瞳から、雫がひとつ、ふたつ、たくさん。
あのとき出なかった涙が俺の頬を滑り落ちて、地面におちて、消えた。
少女はふらふらとどこかにいってしまった。残されたのはぼろぼろのバーテン服をまとった俺と、少女が落としていった臨也のナイフだけ。
「いざや…。」
臨也のナイフを掴み、ふらふらと歩く。するべきことは決まっている。俺は臨也を殺したのだ。
「ごめんな…。」
ぼたぼたと涙は止まることなく零れ落ちる。
俺は臨也の命を奪った。
なのに俺はのうのうとここで生きている。
それだけは、嫌だった。
できるだけ高い廃ビルを選んで屋上に上がる。
屋上の申し訳程度の柵を乗り越え、縁に立つ。
その場所からは臨也の愛していた池袋がよく見えた。
臨也のナイフを掴んで、俺の左胸、心臓の上に構える。
きっと、このまま倒れこむように身を投げれば、俺と地面に板ばさみにされたナイフは心臓まで届いてくれるだろう。そうしたらあとは引き抜くだけでいい。
俺でもきっと心臓までナイフが届けば、血が無くなれば、死ねるだろう。
ナイフが折れることはきっとない。そんな気がした。
「臨也、」
化け物で、ごめんな。
愛して、ごめんな。
こんな出来損ないの愛することも満足にできない化け物の俺を愛してくれて、ありがとな。
「愛してる。」
俺は全ての心をその一言にこめて、臨也の愛した街を目に焼き付けながら、身体をビルの、外へ。
(愛したかった。)
(愛してた。)
(ごめん。)
(愛してごめん。)
(ありがとう。)
(さようなら。)
人間 が 化け物 を 殺した 話
(折原臨也 が 平和島静雄 を 殺した 話)